「懇」

白川静『常用字解』
「形声。音符は貇コン。貇のもとの字は豤に作る。猪が怒りたけって牙で土や作物を掘り返すことを墾という。作物を根づかせるために深く掘って耕す心情を懇という」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。図形的解釈をストレートに意味とする傾向がある。「作物を根づかせるために深く掘って耕す心情」というのは図形的解釈であろう。懇にこんな意味はないからである。
懇は次ような用例がある。
 原文:推賢進士爲務、意氣勤勤懇懇。
 訓読:賢を推し士を進むるを務めと為し、意気は勤勤懇懇たり。
 翻訳:賢者や士人を推薦することを務めとするその意志は一生懸命で真心がこもっていた――『漢書』司馬遷伝

懇は深く真心がこもるさま(ねんごろ)の意味で使われている。これを古典漢語ではk'ən(呉音・漢音でコン)という。これを代替する視覚記号が懇である。
懇は「貇コン(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。貇は豤から変わった字体。豤は「深く差し込む」というイメージがある(610「墾」を見よ)。このイメージは中に深く入った結果「(中に)深くこもる」というイメージにも展開する。したがって懇は深くこもった心を暗示させる。この意匠によって上記の意味をもつk'ənを表記する。