「差」

白川静『常用字解』
「形声。音符は左。金文の字形は禾と左とを組み合わせた形で、禾(禾稷。稲ときび)を神に薦めて祭るの意味である」

[考察]
字形の解剖を誤って差の上部を「禾」としたが、𠂹が正しい。𠂹は垂の土を除いた部分、また華の真ん中にも含まれていた(「垂」、124「華」を見よ)。
白川は「禾稷を神に差(すす)める意であろう」としているが、用例を示していない(『字統』)。こんな意味があるのか証拠がない。さらに「神に差(すす)める、供える物のよしあしを選ぶことから“えらぶ” の意味となり、禾稷の類は草丈の異なるものであるから、ふぞろいなことを参差シンシといい、“たがう、くいちがう、ちがい”の意味ともなる」の述べる。神に薦めて祭る→供え物のよしあしを選ぶと意味を導く。この意味展開に必然性がない。祭りの前に供え物の選択があるはず。また、稲やきびは丈が異なるから、ふぞろい・たがうという意味になるというが、これにも必然性がない。
差はどのように使われているかを古典から見てみよう。
①原文:參差荇菜 左右采之
 訓読:参差シンシたる荇菜コウサイ 左右に之を采る
 翻訳:ちぐはぐでそろわぬアサザ 右に左に摘んで取る――『詩経』周南・関雎
②原文:周論道而莫差
 訓読:周は道を論じて差(たが)ふ莫し
 翻訳:周の文王は道を論じて間違いがなかった――『楚辞』離騒
③原文:庶人在官者、其祿以是爲差。
 訓読:庶人の官に在る者、其の禄是を以て差を為す。
 翻訳:官についている庶民の給料に違いがあるのはそのためだ――『孟子』万章下

①はちぐはぐでそろわない(長短が不ぞろいなさま)の意味、②はそろわないで食い違う(たがう)の意味、③はそろわない事態から生じる違いや等級の意味で使われている。古典漢語では①はts'ïar(呉音・漢音でシ)といい、②③はts'ăr(呉音ではシャ、漢音ではサ)という。これらを代替する視覚記号をともに差とした。語源的に同じという言語意識が同じ視覚記号としたのである。
差は「左(音・イメージ記号)+𠂹(イメージ補助記号)」と分析できる。左は「ぎざぎざで形がそろわない」「ちぐはぐで食い違う」というイメージがある(612「左」を見よ)。𠂹は垂の原字で、植物の枝葉が垂れ下がる図形。したがって差は植物の垂れた枝葉がぎざぎざでそろわない情景を設定した図形である。これは図形的意匠(図案、デザイン)であって意味ではない。この意匠によって①の意味をもつts'ïarを表記する。
意味はコアイメージによって展開する。①から②③の意味に展開するのは自然である。稲やきびの丈が異なるから②③の意味になるというのは不自然である。