「座」

白川静『常用字解』
「形声。音符は坐。坐は土主(土地の神)の左右に人が座る形。土主の前に二人が坐るのは裁判を受けるためで、当事者として裁判の席に連なることを坐という。裁判を受けるために土主の前に坐ることから、坐は“すわる”の意味となる。裁判は神社で行われたが、祖先の霊を祭る廟で行われることもあったので、广(廟の屋根の形)を加えて座となった。座は土地の神の前で裁判が行われることをいうことから、もと神の座の意味である」

[考察]
坐は土主の前で二人が坐ることといい、座は神の座という。なぜ人から神に意味が移るのか。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の特徴である。図形的解釈がそのまま意味となる。「土+从(二人)」から、裁判を受けるために土主の前に二人が坐るという解釈はあまりに飛躍過ぎる。また先祖を祭る廟でも裁判が行われたから座の字が生まれたという。
坐や座が裁判に関わる文脈があるだろうか。古典では次のような用例がある。
①原文:既見君子 竝坐鼓瑟
 訓読:既に君子を見る 並び坐して瑟を鼓す
 翻訳:間もなく殿方が見えて 一緒に並んで琴を弾く――『詩経』秦風・車鄰
②原文:舍其坐遷 屢舞僊僊
 訓読:其の坐を舎(す)てて遷(うつ)り 屢(しばし)ば舞ふこと僊僊たり
 翻訳:[酔っ払いは]自分の席を捨てて他に移り しばしばひらひらと舞い踊る――『詩経』小雅・賓之初筵
③原文:請列弟子之座而受業。
 訓読:請ふ、弟子の座に列して業を受けん。
 翻訳:どうか弟子の座席に連なって授業を受けさせてください――『史記』孟子列伝

坐は①がすわる意味、②がすわる場所の意味であり、③の座は②と同じ意味である。①②③とも古典漢語ではdzuar(呉音ではザ、漢音ではサ)という。視覚記号としては①②では坐、③は座と書く。
座は「坐(音・イメージ記号)+广(限定符号)」と解析する。坐は「从(向かい合う二人)+土(限定符号)」を合わせて、地面の上で二人が向かい合ってすわる情景を設定した図形。「向かい合ってすわる」という意味ではなく、単に「すわる」の意味をもつdzuarを表記するために作られた意匠(図案、デザイン)なのである。坐と座は裁判に関わる痕跡すらない。連坐の坐は「同じ場所にすわったために事件の関わり合いになる」という意味で、裁判とは関係がない。
②は①からの転義である。場所の意味素をはっきりさせるために「坐+广」に仕立てたのが座である。广は家屋に関わることを示すための限定符号である。白川は土主→裁判→神の座という具合に関連づけるため广を廟の屋根としたが、漢字の造形法における限定符号の役割を把握していない。限定符号に重きを起きすぎている。