「再」

白川静『常用字解』
「象形。組紐の形。組紐を組むとき、その器具(冉)の上下に一を加え、そこから折り返して、また組み続ける形であることを示す。折り返すことから、“ふたたび” の意味となる。再び織り返して織るの意味であるから、“ふたつ”の意味ともなる」

[考察]
冉と一の組み合わせのようだから象形というのは変である。会意か指事であろう。
冉(組紐を組む器具)に一を加えてなぜ折り返して再び組むことになるのか、よく分からない。組紐を編む道具があるのだろうか。「織り返す」とはどういうことであろうか。
字形から意味を導くのは白川漢字学説の方法である。再が組紐の形なら組紐の意味になりそうなものだが、「ふたたび」「ふたつ」の意味になるというのが納得しがたい。
意味とは「言葉の意味」であって字形の意味ではない。字形は言葉を表記するための手段に過ぎない。そもそも言葉は聴覚記号、文字は視覚記号であって、二つは全く性質の違う記号である。意味は聴覚記号に内在する概念である。言語学では記号素(言葉)は音と意味の結合体と定義される。意味は言葉の要素の一つである。
意味を知るには具体的文脈が必要である。文脈がなければ意味の知りようがない。再は古典で次の文脈がある。
 原文:問人於他邦、再拜而送之。
 訓読:人を他邦に問へば、再拝して之を送る。
 翻訳:他国にいる友人を訪ねさせる際、二度拝礼して彼を送り出した――『論語』郷党

再は二度(ふたたび)の意味である。これを古典漢語ではtsəg(呉音・漢音でサイ)という。この聴覚記号を視覚記号に切り換えて再が考案された。
tsəgという語は曽(上に重ねる)や載(上に載せる)と同源である。これらは「その上に重ねる」というコアイメージをもつ。同じ事態をもう一度重ねて(また、重ねて行う)ということを表すのがtsəgである。これを再と書くが、どんな工夫をした図形か。ここから字源の話になる。
再は「一+冓の略体」と分析できる(これは古来の定説である)。冓は構・溝・講・購などを構成する記号で、上下に似た形が向き合う情景を図にしたもの。これによって上下・左右対称というイメージを作り出す(576「構」を見よ)。冓の下部の冉だけを用いて一を加えたのが再である。同じものが別にもう一つある状況を暗示させるのが再の図形的意匠である。これによって、ある事態がもう一度→二度(ふたたび)という意味をもつtsəgを表記するのである。