「災」

白川静『常用字解』
「会意。巛サイと火とを組み合わせた形。 巛はもと𡿧(サイ)に作り、水流(巛)が雍ふさがれてあふれ流れることをいう。巛は水災、洪水の災難をいい、それに火を加えて火災をいう」


[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理がなくすべて会意的に説く特徴がある。巛(水災)+火→災(火災)と展開させる。
𡿧はサイの音で、明らかに音符であり、形声文字である。形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的に究明する方法である。言葉の深層にあるものがコアイメージである。これを捉えることによって、意味がより一層明確になる。意味は言葉が使われる文脈で実現されるが、コアイメージを捉えれば、なぜその意味になるかが理解でき、また意味の展開の諸相が合理的に説明できる。
災は次のような文脈で使われている。
 原文:無災無害
 訓読:災無く害無し
 翻訳:何のわざわいも障りもない――『詩経』魯頌・閟宮

災は人間の生活や行動などを妨げるわざわい、特に自然のわざわいの意味である。これを古典漢語ではtsəg(呉音・漢音でサイ)という。これを代替する視覚記号として災が考案された。
災は「𡿧(サイ)(音・イメージ記号)+火(限定符号)」と解析できる。𡿧は「巛+一」を合わせたもの。巛は川と同じで、水の流れの形。これに一を合わせた𡿧は川の流れが途中で遮られて止まる情景を設定した図形。このイメージを図示すると―↓―の形、あるいは→|の形である。これは「途中で断ち切る」「途中で止める」というイメージである。順調な流れや動きが途中で断ち切られて止まることである。したがって𡿧に火の限定符号を添えて、火(山火事や噴火など)によって自然の流れが途中でストップする状況を暗示させる。山火事や火災という意味を表すのではなく、人間の生活や生命をストップさせかねない自然によって起こるわざわいを意味するのである。
同じ「わざわい」でも災と禍は違う。災は人間の順調な行動や生活を途中で遮る困難な出来事(災害の災は自然によって起こるものだが、災難の災は必ずしも自然に限定されない)の意味である。一方、禍は思いがけず身にふりかかる難儀や不幸の意味である(132「禍」を見よ)。だから天災というが天禍と言わない。輪禍というが輪災と言わない。