「妻」

白川静『常用字解』
「象形。髪飾りを整えた女の形。頭上の三本の簪を立ててさし、それに手(又)をそえて髪飾りを整える女の姿である。それは結婚式のときの着飾った女の姿であり、妻は“つま”の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。結婚式で着飾った女から「つま」の意味が出たという。
字形から意味を引き出す手法は正しいだろうか。字形に意味があるだろうか。「髪飾りを整えた女」と「つま」に必然的な関係がないことは明らかである。字形→意味の方向に漢字を見ることは誤りというほかはない。
意味は「言葉の意味」であることは言語学の常識である。言葉(記号素)は音と意味の結合体であり、意味は言葉に内在する概念というのが言語学の定義である。
意味を知るにはその言葉が使われている文脈から判断するしかない。妻は『詩経』に「妻を取めとるに之を如何せん」(つまをめとるにはどうすべき)という詩句があるように、「つま」の意味であることははっきりしている。「つま」を古典漢語ではts'er(呉音でサイ、漢音でセイ)という。
言葉から字形を見るという逆転の発想が必要である。それには言葉の根源(語源)を追究する必要がある。
古人は「妻は斉(そろえる)なり」という語源意識をもっていた。夫と肩を等しくそろえて対になる女という意味だと捉えたものである。これは全く正当である。同じ「つま」でも婦とは違う。婦は夫に寄り添う女というイメージで名づけられた。夫妻と夫婦の語感の違いの根源は言葉の違い、要するに命名の仕方の違い(対等か従属か)にある。

「つま」を意味するts'erを代替し再現させる視覚記号として妻が考案された。ここから初めて字源の問題になる。妻は「屮+又+女」の三つに分析できる。屮は髪飾り、又は手、女は「おんな」と関わる限定符号である。したがって妻は頭に髪飾りをつける女を暗示させる。これは夫(頭にまげを結った男)とちょうどペアをなす図形である。
図形の内部に「そろう」というイメージを示す指標はないが、夫と対をなすものという点では図形に少し工夫がなされていると言えなくもない。