「宰」

白川静『常用字解』
「会意。宀は祖先の霊を祭る廟の屋根の形。辛は大きな把手のついている曲刀で、犠牲の肉を切る庖丁である。曲刀で犠牲をさばいて祖先の霊に供える人が宰であり、それには長老の人があたった。宰は祖先の祭りをつかさどる人であった」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。宀(廟の屋根)+辛(曲刀)→曲刀で犠牲をさばいて祖先の霊に供える人(祖先の祭りをつかさどる人)という意味を導く。
屋根と曲刀を合わせただけの舌足らず(情報不足)な図形から、供犠→祖先祭祀→長老と連想し、祖先祭の主宰者という意味に展開させる。しかし宰にそんな意味はない。
宰は古典では次のように使われている。
①原文:皇父卿士 番維司徒 家伯維宰
 訓読:皇父は卿士 番は維れ司徒 家伯は維れ宰
 翻訳:皇父は総理大臣 番は労働大臣 家伯は官房長官――『詩経』小雅・十月之交
②原文:長而不宰。
 訓読:長じて宰せず。
 翻訳:[道は万物を]生長させるが支配しない――『老子』第五十一章
③原文:有一牛羊之財不能殺、必索良宰。
 訓読:一牛羊の財有りて殺すこと能はざれば、必ず良宰を索(もと)む。
 翻訳:牛や羊の材料がありながら殺せないなら、必ず良い料理人を探すものだ――『墨子』尚賢

①は事務(家政や国政など)を巧みに切り盛りする人の意味、②は中心となって物事に当たる(中心となってつかさどる、物事を巧みに仕切る)の意味、③は調理をつかさどる官の意味で使われている。これらの意味をもつ古典漢語がtsəg(呉音・漢音でサイ)である。これを代替する視覚記号として宰が考案された。
古人は「宰は制(程よく断ち切る)なり」という語源意識をもっていた。藤堂明保は宰は災・在・裁などと同源で、「せき止める、断ち切る」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。「断ち切る」というイメージから、白黒をはっきり分ける、物事を裁断する(取りさばく)、取りさばいてうまく処理するなどの意味が生まれる。物事を取りさばいて処理する能力や、その能力のある人を才という(621「才」を見よ)。宰は才と非常に似た言葉である。
宰は「宀+辛」から成る。辛は刃物の形で、「切る」「断ち切る」というイメージも表すことができる。宀は家や建物に関係があることを示す限定符号。したがって「宰」は「辛(イメージ記号)+宀(限定符号)」を合わせて、家の中で肉などの材料を断ち切る場面を設定した図形である。これは調理の場面を想定している。この図形的意匠によって、物事をうまく裁断して処理する人や調理を巧みにつかさどる人を暗示させる。上記①から③までの意味が実現された。