「彩」

白川静『常用字解』
「形声。音符は采。采は木の上に手(爪。指先の意味)を加えて、木の実を手で採るの意味である。采は草木から色をとる、色どりの意味にも用いられるようになる。色どりの美しさを示すためにさらに彡を加えて彩となり、“いろどる、あや、いろどり” の意味に用いる」

[考察]
字源説としてはほぼ妥当であるが、言葉という視座がないので、どうしても字形にこだわっている。采を「木の実を手で採る」の意味とするが、そんな意味はない。ただ「とる」の意味である。
采・彩は古典で次の用例がある。
①原文:參差荇菜 左右采之
 訓読:参差シンシたる荇菜コウサイ 左右に之を采る
 翻訳:ちぐはぐでそろわぬアサザ 右に左に摘んでとる――『詩経』周南・関雎
②原文:五采備而成文。
 訓読:五采備はりて文を成す。
 翻訳:五つの色彩が備わって模様ができあがる――『荀子』賦篇
③原文:精彩相授
 訓読:精彩相授く
 翻訳:美しいあやが心身に授けられている――『文選』宋玉・神女賦

①は摘み取る意味、②と③はいろどり・あやの意味で使われている。これらをともに古典漢語ではts'əgという。これを代替する視覚記号が①②では采、③では彩である。
まず采について。「爪(下向きの手の形)+木」を合わせて、木の芽や葉を摘み取る情景を設定した図形が采である。摘み取る行為は本体を残して一部を取ることであるから、「一部を選び取る」というのがts'əgのコアイメージである。
次に彩について。「采(音・イメージ記号)+彡(限定符号)」と解析する。采は上述の通り「一部を選び取る」というイメージがある。彡はあや・模様・飾りなどと関わることを示す限定符号である。したがって彩は模様にする色を選び取る状況を暗示させる。これは②と同じ意味である。采が②の意味に転じた後、時代が遅れて③の彩が創作された。