「裁」

白川静『常用字解』
「形声。音符は𢦏サイ。𢦏は戈が作られたとき、その刃の上に才(神聖な標しるし)をつける形で、ものを祓い清め、ことを始めるという意味がある。はじめて布を裁つことを裁という」

[考察]
戈の刃先に神聖な印をつけるとはどういうことか。そんな戈の製造法があるだろうか。また、𢦏に「物を祓い清め、事を始める」という意味があるだろうか。そんな意味はない(『漢語大字典』では「傷害する」の意味とする)。また、「物を祓い清め、事を始める」の意味から、 「始めて布を裁つ」の意味が出るだろうか。「始めて」は「始める」からの転化と分かるが、なぜ「裁つ」が出るのか分からない。
字形から意味を導く白川漢字学説の方法に問題がある。意味は「言葉の意味」であって、字形から出るものではない。意味は言葉が文脈で使われる際の、その使い方にある。
裁は次のような古典の用例がある。
①原文:衣弊而革裁。
 訓読:衣弊(やぶ)れて革めて裁つ。
 翻訳:衣服が破れたので作り直した――『塩鉄論』詔聖
②原文:不知所以裁之。
 訓読:以を裁する所以を知らず。 
 翻訳:[弟子たちは]どう取りさばいたら良いかが分からない――『論語』公冶長

①は生地を断ち切って衣服を作る意味、②は物事をきっぱりと裁断してうまく処理する意味で使われている。文献的には②が古いが、意味は①が古いと考えられる。これらの意味をもつ古典漢語がdzəg(呉音ではザイ、漢音ではサイ)である。これを代替する視覚記号として裁が考案された。
裁は「𢦏サイ(音・イメージ記号)+衣(限定符号)」と解析する。𢦏は「才(音・イメージ記号)+戈(限定符号)」に分析できる。才は流れをせき止める図形で、―↓―の形や、→|の形で図示でき、「途中で断ち切る」というイメージを示す記号になる(621「才」を見よ)。𢦏は刃物で断ち切る状況を暗示させる。これで「程よい所で断ち切る」というイメージを表すことができる。したがって裁は布地を程よく裁ち切って衣を仕立てる情景を設定した図形。これによって上記の①の意味をもつdzəgを表記する。