「剤」
正字(旧字体)は「劑」である。

白川静『常用字解』
「会意。齊はこの字の場合はA(セイ)を省略したもので、Aとは青銅器の方鼎をいう。Aに刀を加えるのは、方鼎の側面に刀で銘文を刻むこと。銘文を刻んで約束すること、またその約束の銘文を剤といい、“けいやく、けいやくの文書、わりふ”の意味となる」
A=[齊から二を取った形+鼎](縦に書く) 『説文解字』や『漢語大字典』「漢語大詞典」にAは見当たらない。

[考察]
A(青銅器の方鼎)と刀から「銘文を刻んで約束する」「約束の銘文」という意味が出るだろうか。剤にそんな意味はなさそうである。
字形から意味を導くと往々意味にずれが生じたり、存在しない意味が出てくる傾向がある。意味は言葉が使われる文脈から判断すべきである。剤は次の用例がある。
①原文:凡服湯發汗、中病便止、不必盡劑。
 訓読:凡そ湯を服して汗を発し、病に中(あた)れば便(すなは)ち止め、必ずしも剤を尽くさず。
 翻訳:一般に湯液を服用して汗が出て病気になる場合は、ただちに中止し、薬を飲み尽くす必要はない――『傷寒論』弁可発汗病証幷治
②原文:大市以質、小市以劑。
 訓読:大市は質を以てし、小市は剤を以てす。
 翻訳:大きな市場では質[手形の一種]を用い、小さな市場では剤スイを用いる――『周礼』地官・質人

①は調合した薬の意味、②は二つに切り分けた札を合わせそろえて証拠とするもの(手形)の意味で使われている。古典漢語では①はdzer(呉音でザイ、漢音でセイ)、②はtsiuer(呉音・漢音でスイ)という。これらを代替する視覚記号はともに劑である。
劑は「齊(音・イメージ記号)+刀(限定符号)」と解析する。齊は㐃の形が三つそろった符号に二(並ぶ、そろいう)の印を合わせたもので、「同じようなものが等しくそろっている」というイメージを示す象徴的符号である(「斉」で詳述。630「済」を見よ)。劑は刀で切りそろえる状況を設定した図形。『爾雅』(古字書の一つ)に「劑は剪斉(切りそろえる)なり」と語源を捉えている。生薬は草根木皮を切って目方をそろえたものである。だから漢方の生薬(方剤、薬剤)の意味(①の意味)を剤と表記する。また手形は二つに割った札を合わせそろえて証拠とするので、②の意味にも転じた。ただし①と②は違った音で読む。