「酢」

白川静『常用字解』
「形声。音符は乍サク。献酬 する(酒杯をやりとりする)とき、客が主人に返杯することを酢といい、“むくいる”の意味に用いる。乍や昔には過ぎ去るの意味があり、のち酒が長時間たってすっぱくなることを酢敗ソハイといい、その酢敗したものを酢といい、“す”の意味に用いる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がない。「返杯する」の意味は乍から説明できない。また、「す」の意味では乍に「過ぎ去る」の意味があるから「長時間たって酒がすっぱくなる」→「す」の意味が出たというが、乍に「過ぎ去る」という意味はない。昨日の昨から連想したのであろう。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的にコアイメージを捉えて意味を説明する方法である。
まず古典から酢の用例を見てみよう。
①原文:君子有酒 酌言酢之
 訓読:君子に酒有り 酌みて言(ここ)に之を酢サクす
 翻訳:君子のうたげの酒を 一献酌んでご返杯――『詩経』小雅・瓠葉
②原文:四月可作酢。
 訓読:四月酢を作るべし。
 翻訳:四月には酢を作るのがよい――『斉民要術』巻八

①は客が主人に返杯する意味、②は「す」の意味で使われている。古典漢語では①をdzak(呉音でザク、漢音でサク)という。②は先秦の古典漢語以後に出現した語でts'o(呉音でス、漢音でソ)という。表記は両方とも酢である。
酢は「乍サ(音・イメージ記号)+酉(限定符号)」と解析する。乍は「重なる」というイメージがある(647「作」、649「昨」を見よ)。重なることは物が〓の形に積み重なる場合もあるが、行為がダブる場合もある。この場合は⇄の形である。方向が違うものが交差することも「重なる」のイメージである。酒のやりとりが行われる場合、主人から客の方向へ杯を進めるのを酬といい、その反対の方向に返すことをdzakといい、酢と表記する。同じ行為を重ねて行うから酢というのである。
一方時代が降って、「す」を醋と書き、また酢の表記も生まれた。昔も乍も「重なる」というイメージがある。時を重ねて寝かせて置いたため酸っぱくなった液体が醋であり、酢である。