「錯」

白川静『常用字解』
「形声。音符は昔。昔はうす切りの肉片を日に乾かしたほし肉の形である。その肉は乾いて散乱するので、ばらばらの状態のもと、細かく入り混じったものをいう。錯は地金の中に象嵌して美しい模様を磨き出すことをいう。それで“みがく” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説は形声の説明原理を持たず、すべて会意的に説く特徴がある。昔(干し肉。ばらばらの状態、細かく入り混じったもの)+金→地金の中に象嵌して美しい模様を磨き出すという意味を導く。
昔は干し肉で、乾いて散乱するから「ばらばらの状態」「細かく入り混じったもの」という意味になるという。しかし干し肉がなぜ散乱するのか。不可解である。また昔に「ばらばらの状態」「細かく入り混じったもの」という意味があるだろうか。そんな意味はない。錯は「地金の中に象嵌して模様を磨き出す」という意味から「磨く」の意味になるというが、「模様を磨き出す」というのは「模様を描き出す」ということであって、砥石で刃物などを磨くこととは関係がない。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、図形的解釈をストレートに意味とするため、「言葉の意味」から離れている。錯は次のような文脈で使われている。
①原文:它山之石 可以爲錯
 訓読:它山の石 以て錯と為すべし
 翻訳:他山のつまらぬ石でも 砥石ぐらいの役には立つ――『詩経』小雅・鶴鳴
②原文:簟茀錯衡
 訓読:簟茀テンフツ錯衡サクコウ
 翻訳:[王が賜う品は]竹製のカーテンと模様をめっきした轅の横木――『詩経』大雅・韓奕
③原文:爲賓爲客 獻醻交錯
 訓読:賓と為り客と為り 献酬交錯す
 翻訳:当家に来たお客たち 入り交じって杯のやりとり――『詩経』小雅・楚茨

①は砥石の意味、②は金属の上に金銀など別の金属を重ねて交え、模様をつける(めっきする)の意味、③はじぐざぐに入り交じる意味で使われている。①はやすりの意味も同居する。古典漢語ではやすりや砥石をts'ak(呉音・漢音でサク)という。これを代替する視覚記号として錯が考案された。
錯は「昔(音・イメージ記号)+金(限定符号)」と解析する。昔は日が重なることを示す図形で、「重なる」というコアイメージをもつ(「昔」で詳述)。「重なる」とは〓の形に積み重なることであるが、同じ物や事態が重複することでもあるから、⇄の形でも表せる。これは交差のイメージである。交差は×のイメージでもある。×は∧∧(ぎざぎざ)や∨∧(じぐざぐ)のイメージにもなる。このように「重なる」のイメージが「交差する」「じぐざぐになる」というイメージに転化するのである。錯は物(刃物など)をその上に重ねて置いて、⇄の形に押したり引いたりして研ぐ金やすり、あるいは砥石を暗示させる。ts'akを表記する錯にはやすりと砥石の二つの意味があった。
意味はコアイメージから展開する。「重ねる」というコアイメージから「めっきする」という意味(上記の②)に展開する。また、∧∧(ぎざぎざ)や∨∧(じぐざぐ)のイメージから「じぐざくに入り交じる」という意味に展開する。これが錯綜・交錯の錯である。また「⇄の形に交差する」というイメージから、食い違うという意味が実現される。これが錯誤の錯である。