「札」

白川静『常用字解』
「会意。乚は木を薄く削った形であるが、独立して使われることはなく、その材料である木を加えて札とした。札は“木のふだ、ふだ”の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。乚(木を薄く削った形)+木→木のふだという意味を導く。しかし字形から意味が出てくるという漢字学説は逆立ちした学説である。意味とは「言葉の意味」であって、言葉が文脈で使われる際の、その使い方である。文脈を離れては意味はない。
意味は文脈から判断して理解するものである。札は次のような文脈で使われている。
①原文:擁札摻筆。
 訓読:札を擁し筆を摻(と)る。
 翻訳:簡札を腕に抱えて、筆を手に持つ――『晏子春秋』外篇上

①は文字を書く薄い木のふだの意味で使われている。これを古典漢語でtsăt(呉音でセチ、漢音でサツ)という。これを代替する視覚記号として札が考案された。
札は「乙(音・イメージ記号)+木(限定符号)」と解析する。乙は何かが延びようとするが押さえられて曲がり、それ以上伸び切らない状態を示す象徴的符号である(102「乙」を見よ)。これから「伸びないように押さえつける」とイメージ、さらに「外れないように押さえて固定する」というイメージに展開する。したがって札は木片が外れないようにしっかり固定する状況を暗示させる図形である。この意匠によって、文字などを書いてしっかり取りつけておく木の札を意味するtsătを表記する。文字を書く木や竹のふだを表す字に簡や版があるが、tsătという語は「押さえつける」「しっかり固定する」ということに視点を置く言葉である。結紮の紮サツ(縛りつける)や駐扎(=箚)の扎サツに扎(同じ所に固定して止まる)にコアイメージがよく生きている。
札は意外な意味もある。
②原文:民不夭札。
 訓読:民は夭札せず。
 翻訳:民は若死にしない――『春秋左氏伝』昭公四年
この札は若死にする、また流行病で死ぬという意味である。なぜこんな意味があるのか。語の深層構造への視点がないと理解できない。意味展開はコアイメージによって起こるのである。札は乙の「伸びようとするものが押さえられて伸びない」というイメージが根底にある。生命が十分伸び切らないで途中で断たれる事態、つまり若死にや流行病による死に方を札というのである。
白川学説は文字の表面をなぞって意味を導くだけで、言葉の視座、語源の発想がない。だから札の②の意味を記述できない。