「殺」

白川静『常用字解』
「会意。㣇たたりをなす獣の形と殳とを組み合わせた形。殳は杖のように長い戈。㣇をひきおこす獣を戈で殴って殺す形で、これによって祟を殺ぎ、無効とする行為を殺といい、減殺がもとの意味である。殺は“ころす”の意味にも用いた」

[考察]
祟りを引き起こす獣とは何のことか。殺の左側がなぜ祟りをなす獣の形なのか。祟りをそいで無効にする行為とは何であろうか、よく分からない。また「減殺する」と「殺す」の関係もはっきりしない。字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、字形の解釈があまりにも恣意的である。
字形からは意味が出てこない。意味は言葉に内在する概念であって、字形に属するものではないからである。言葉(記号素)は音と意味の結合体というのが言語学による言葉の定義である。音を無視する(言葉という視座がない)のが白川漢字学説の特徴である。だから意味を字形から求めるが、形は何とでも解釈できる。語源の歯止めがないと字源は恣意的になってしまう。
言葉という視座に立って、語源的に深層構造を究明することが漢字論の出発点である。それにはまず殺の使われる文脈から調べる必要がある。古典に次の用例がある。
①原文:朋酒斯饗 曰殺羔羊
 訓読:朋酒もて斯(ここ)に饗せんとす 曰(ここ)に羔羊を殺す
 翻訳:二樽の酒で宴の用意 殺すは大小の羊たち――『詩経』豳風・七月

殺は「ころす」が最初の意味である。これを古典漢語でsăt(呉音でセチ、漢音でサツ)という。これを代替する視覚記号として殺が考案された。
殺の語源については藤堂明保の研究がある。藤堂によると、沙(砂)・娑・殺・散・霰・潸・灑(洒)・鮮・残などは一つの単語家族を構成し、SAR・SAT・SANという音形をもち、「ばらばら・小さい・そぎ取る」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。
日本語の「ころす」の語源について『大言海』では「動物の生気を枯らす」ことに由来するという。英語のkillについて『英語語義語源辞典』によると、「日本語では人や動物は“殺す”、植物は“枯らす”という。英語ではその区別がなく、両方を含めてkillという」とある。漢語では動物や植物の生命体を人為的にばらばらに解体するという発想からsătという語が生まれたと考えられる。
sătを視覚記号化した殺を検討する。ここから字源の話になる。殺は「乂+朮+殳」に分析できる。乂は二つの線を×形に交差させた図形で、「切り取る」ことを示す記号に用いられる(167「刈」を見よ)。朮はモチアワ(アワの一種)である(詳しくは「述」「術」で述べる)。殳は動作の符号(動詞記号)。したがって殺は「乂(イメージ記号)+朮(イメージ補助記号)+殳(限定符号)」と解析する。この図形でもって、モチアワの皮を剝ぎ取る場面を設定した。「そぎ取ってばらばらにする」というイメージを表す意匠になっている。
殺はsătのコアイメージである「そぎ取ってばらばらにする」というイメージを表現した図形である。この意匠によって、生命体をこわす、つまり「ころす」ことを意味するsătを代替させるのである。
意味はコアイメージによって展開する。殺には次の用法が生まれた。
②原文:春秋辭繁而不殺者正也。
 訓読:春秋の辞繁(しげ)くして殺(そ)がざる者は正しければなり。
 翻訳:春秋[五経の一]は言葉が多いけれども削ることをしないのは、それが正しいからである――『春秋公羊伝』僖公二十二年

この殺はそぎ取る、そぎ取って減らす意味で使われている。これは「そぎ取ってばらばらにする」の殺のコアイメージがそのまま文脈で実現されたものである。ただしこの場合は少し音を変えてsăd(呉音でセイ、漢音でサイ)と読む。