「察」

白川静『常用字解』
「会意。宀は大きな建物の屋根の形で、祖先の霊を祭る廟などの祭祀儀礼を行う建物。その中で祭りを行って神意をうかがいみることを察といい、神によってことをあきらかにすることも察という」

[考察]
祭と察は音のつながりがあるから形声文字であるが、白川漢字学説には形声の説明原理がなく、会意的に説く特徴がある。宀(廟)+祭(祭り)→廟の中で祭りを行って神意を伺い見るという意味を導く。
会意的に説いた結果、図形的解釈をストレートに意味とするので、存在しない意味が出てくる。察に「廟の中で祭りを行って神意を伺い見る」という意味はない。
意味とは「言葉の意味」であって、字形にあるわけではない。これは言語学の常識である。これを踏み外すと科学ではなくなってしまう。言葉という視座がなく字形に意味を求めるのが白川漢字学説の特徴である。
察がどんな意味であるかを知るには古典に使われた文脈に当たる必要がある。次の用例がある。
 原文:夫達者、質直而好義、察言而觀色、慮以下人。
 訓読:夫れ達なる者は、質直にして義を好み、言を察して色を観、慮(おもんぱか)りて以て人に下る。
 翻訳:達人とは性質がまっすぐで正義を好み、言葉を細かく見分けて顔色をよく観察し、思慮深くて他人にへりくだる人のことだ――『論語』顔淵

察は曇りなく(はっきりと)見分けるという意味で使われている。これを古典漢語ではts'ăt(呉音でセチ、漢音でサツ)という。これを代替する視覚記号が察である。
察は「祭(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析する。祭はまつり・まつるの意味だが、語の根底に「汚れを払い清める」というイメージがある(631「祭」を見よ)。深層構造に掘り下げて意味を究明する方法が形声の説明原理である。かくて察は家の隅々まで汚れを払って清らかにする情景を暗示させる。掃除するという意味を表そうとするのではなく、曇りをぬぐったように細かいところまではっきり見分けることを暗示させるのである。この図形的意匠によって、細かいところまで見分ける意味をもつts'ătを表記する。