「三」

白川静『常用字解』
「指事。数を数えるときに使う算木を三本重ねた形。数の“みつ” をいう」

[考察]
白川は「甲骨文字では一から四までの数をこの(算木の)形式で表す」としている。殷代に算木があったかについては証拠がない。一から四までの数を算木で数えただろうか。小さな数を数えるのに計算道具が必要だろうか。
算木説は疑わしい。むしろ一~三は象徴的符号と見るべきであろう。横線の数で表したに違いない。これはアラビア数字(1、2、3)やローマ数字(Ⅰ、Ⅱ、Ⅲ)と同じである。ただし漢数字とアラビア数字は決定的な違いがある。アラビア数字は数字であって言葉と一対一に対応しないが、漢数字は言葉(古典漢語)と対応するということである。漢数字は他の漢字と同じように古典漢語の表記手段である。漢数字は1、2、3のような数字と同列の記号ではなく、one、two、threeのような数詞と同列なのである。漢数字に対する誤解は広く行き渡っているため、漢字で書くべきところを数字で書くという大混乱を引き起こしている。例えば二人組を2人組などと書く人がいる。

漢数字は数字ではなく、漢字である。だから「数漢字」と呼ぶべきである。これは数詞だけを表すのではなく、別の意味もある。例えば、一は「ある」「同じ」「全体」などの意味、二は「食い違う」の意味がある。三も数の3(みっつ)のほかに「多数」の意味がある。このように漢数字(数漢字)は漢語と対応する文字である。
三は古典漢語のsamを表記する。古人は「三は参なり」という語源意識をもっていた。参は「多くのものが入り交じる」というコアイメージがある(666「参」を見よ)。古人は三が「入り交じる」というイメージのある数だと捉えていたことがわかる。一は未分化の統一性のイメージ(33「一」を見よ)、二は分裂・並列のイメージ(「二」で詳述する)、三は「別のものが(多く、たくさん)入り交じる」というイメージである。図示すれば〇(未分化・全体性)→(分裂・並列)→(錯雑・不斉)というぐあいに数に対する観念が展開する。
一は奇数であり、ペアにならない数、二は偶数であり、ペア、そろいのイメージのある数、三は素数(割り切れない数。ただし数学では二も素数とされる)であり、そろわない数である。このように数の観念が生まれ、それらを・iet(一)、nier(二)、sam(三)と命名し、一、二、三の漢字が成立するのである。