「惨」
正字(旧字体)は「慘」である。

白川静『常用字解』
「形声。音符は參(参)。説文に“毒なり”とあり、痛ましい状態のはげしいことをいう。惨は“みじめ、そこなう、いたむ、むごい”の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく、会意的に説く特徴がある。しかし本項では会意でも説明できず、字源を放棄している。
慘は非常に古い字で、次のような用例がある。
 原文:月出照兮 佼人燎兮 舒夭紹兮 勞心慘兮
 訓読:月出でて照たり 佼人燎たり 舒(おもむ)ろに夭紹たり 労心惨たり
 翻訳:月の出の光あまねく あかく燃える美人の顔 しずしずと歩むあで姿 思いのあまり心は痛む――『詩経』陳風・月出

慘はひどく心を痛める意味で使われている。これを古典漢語ではts'əm(呉音でソム、漢音でサム)という。これを代替する視覚記号が慘である。
慘は「參(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。參(参)は「いくつかのもの(多くのもの)が入り交じる」というイメージがある(666「参」を見よ)。このイメージは「(ある空間内に)入り交じって入ってくる」というイメージに展開する。水の場合、水がじわじわと隙間に入り込む(しみこむ、にじむ)という意味の言葉を滲シンという。同じように心の中にある感情がじわじわとしみ込むという心理の状況を暗示させるのが慘の図形である。この図形的意匠によって、心の中にしみこむようなつらい思いをする(ひどく心を痛める)ことをts'əmといい、慘と書く。
「みじめ」や「むごい」は程度がひどいということで、「ひどく心を痛める」の意味とは少しずれている。