「算」

白川静『常用字解』
「会意。竹と具とを組み合わせた形。竹で算木(計算用具)を作り、それを並べて数えることを算という。具はもと鼎を両手で捧げ持って祭器として具えるの意味であるが、のち器具の意味となり、ここではその意味に使う」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。「竹(たけ)+具(器具)」とわずかな情報から、「竹で算木(計算用具)を作り、それを並べて数える」という意味を導く。そこから「かぞえる」の意味になったという。余計な情報を付け足して解釈したが、図形的解釈と意味が混同されているのは否めない。それは字形→意味の方向に漢字を見るからである。漢字は言葉を表記する手段である。まず意味を持つ言葉があり、それを字形に表現した結果漢字が生まれた。だから意味→字形の方向に漢字を見ることが、正しい漢字の見方である。
言葉という視座から算を見てみよう。算は古典に次のように使われている。
①原文:或相倍蓰而無算者、不能盡其才者也。
 訓読:相倍蓰バイシして算無き者或(あ)るは、其の才を尽くす能はざる者なり。
 翻訳:[善と悪が]二倍また五倍と計算できないほど隔たるのは、その人が素質を発揮できないからだ――『孟子』告子上
②原文:斗筲之人何足算也。
 訓読:斗筲の人、何ぞ算(かぞ)ふるに足らんや。
 翻訳:小さな器の人物は、勘定に入れる必要はない――『論語』子路

①は数を数える意味、②は数の中に入る(勘定に入れる)の意味で使われている。これを古典漢語ではsuan(呉音・漢音でサン)という。これを代替する視覚記号として算が考案された。
古人は「算は選なり」と語源を捉えている。suanという言葉は選・全などと同源であり、「取りそろえる」というコアイメージをもつ。何を取りそろえるのか。計算用具(算木、かずとり)である。数という漢字も計算用具と関係があるが、数が順序に従った配列に焦点を置くのに対し、算は計算棒の選択に焦点を置く。ちなみに英語のcalculateはラテン語のcalculus(算術用の小石)に由来するという。算と数が算木に由来するのと一脈通ずるものがある。
次に算の字源は「竹+具」と分析する。「具」は「必要なものを取りそろえる」というイメージがある(400「具」を見よ)。したがって算は「具(イメージ記号)+竹(限定符号)」と解析する。竹の棒を取りそろえる情景を設定したのが算である。これは図形的意匠であって意味ではない。意味は上記の①②である。①②のほかに、計算用具の意味、計算の術の意味を派生する。また、計画を取りそろえてまとめる(はかる、はかりごと)の意味にも展開する。