「暫」

白川静『常用字解』
「形声。音符は斬。斬は車を作るために木材を斬ることをいう。各部の木を斬るのに順序・次第があることから、水につかって次第に濡れることを漸といい、次第に他に及ぶ時間を暫という」

[考察]
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。斬(車の木材を斬るのに順序・次第がある)+日→次第に他に及ぶ時間という意味を導く。ここから「しばらく、つかのま」 の意味に転じたという。
車を作る木材の斬り方に順序・次第があるとはどういうことか。斬という言葉は「斬る」という意味であるが、「順序・次第」という意味素は含まれていない。また「次第に他に及ぶ時間」とはどういうことか。これが「しばらく」の意味になるとは考えにくい。
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の特徴であるが、意味の展開に必然性・合理性があるとは思えない。意味とは「言葉の意味」であって字形にあるわけではない。字形の解釈と意味は一致しないことが多い。図形的解釈と意味を混同するのが白川漢字学説の特徴である。
暫の意味は具体的文脈から知ることができる。文脈が無ければ知りようがない。古典に次の用例がある。
①原文:婦人暫而免諸國。
 訓読:婦人暫くして諸(これ)を国に免ず。
 翻訳:婦人はにわかに彼を故国に放免した――『春秋左氏伝』僖公三十三年
②原文:太古之人、知生之暫來、知死之暫往。
 訓読:太古の人、生の暫く来るを知り、死の暫く往くを知る。
 翻訳:大昔の人は生が来るのも死が行くのもわずかの間であることを知っていた――『列子』楊朱

①も②も「わずかな時間」が基本の意味であるが、①は間もなく、にわかに、たちまちという切迫した時間、②は少しの間(短い時間、一時的)の意味で使われている。②は日本語の「しばし」「しばらく」に当たる。①②を意味する古典漢語がdzam(呉音ではザム、漢音ではサム)であり、これを代替する視覚記号が暫である。
暫は「斬(音・イメージ記号)+日(限定符号)」と解析する。斬は「車+斤(おの)」を合わせただけの舌足らず(情報不足)な図形であるが、「断ち切る」の意味で使われるので、車を作る際に素材に切り込みを入れる情景という意匠が読み取れる。tsăm(斬)という語には「狭い隙間に割り込む」というイメージがある。斬は讒言の讒(人間関係に割り込んで悪口を言う)や挿入の挿(さしこむ)などと同源の語である。
日は日のほかに時間と関係があることを示す限定符号である。したがって暫は時の流れの中に割り込んだ隙間の時間、つまり「わずかの時間」を暗示させる図形と解釈できる。