「子」

白川静『常用字解』
「象形。幼児の形。甲骨文字には生まれたばかりの毛のある赤ん坊の形を示すものがある。また子の左右の手を一上一下する形のものがあるが、それは王子の身分であることを示す。もとは王子の意味であったが、のち一般の“子ども、こ” の意味となる」

[考察]
左右の手を上げ下げしている子の形が王子の身分を示すとはどういうことか。もとは王子の意味だというのはどういうことか、納得しがたい。
「こ」を意味する語は日常用語であり、基礎語彙の一つであろう。王子という特殊階級の子という限定された意味とはとうてい信じられない。王子の意味があったとしても、それは「こ」という基礎語彙からの派生であろう。
字形から意味を導く方法は限界がある。字形に囚われるあまり、手の上下などいった形に深い意味を読み取ろうとするから、意味がずれてくる。このような恣意的な解釈に歯止めを掛けるのが語源論である。白川学説には言葉という視点がすっぽり脱落している。語源の探求を欠いた字源説は半端である。
古典漢語では「こ」を意味する言葉をtsiəg(呉音・漢音でシ)という。この聴覚記号を視覚記号に切り換えたのが子である。古人は「子は孳(ふえる)なり」と語源を捉えている。「小さいものが次々に増える」というのがtsiəgのコアイメージである。また糸・思などとも同源で、単に「小さい」というイメージでもある。
子はよちよち歩きの小さなこどもを描いた図形である。手を上げ下げしているのは不安定な歩行の姿を髣髴とさせる。子の図形を発明したのはこどもの生態の特徴をよく知っている人に違いない。子に限らず、漢字の発明者は古代の有能なイラストレーターであったと想像できる。