「氏」

白川静『常用字解』
「象形。把手のある小さな刀の形。祖先の祭りの後で行われる氏族の共餐のとき、この小刀で祭祀に用いた肉を切り分けるので、この肉切り用のナイフが氏族の象徴となり、氏族共餐に参加する者を氏という。それで氏は“うじ(氏族)” の意味となる」

[考察」
氏に肉切り用のナイフという意味はない。氏にそんな意味がないからには、祭祀に用いられるとか、氏族の象徴とされたということもあり得ないだろう。氏の肉切り用のナイフという意味は空想の産物というほかはない。
古典で氏はどんな意味で使われているか。『春秋穀梁伝』に氏を説明して「氏なる者は族を挙げて之を出だすの辞なり」(氏とはどの族から出たかを示す言葉である)と述べている。つまり氏は氏族や家族の血筋を示す標識の意味である。これからさまざまな使い方が生まれる。『詩経』に見える師氏・母氏・仲氏の氏は既婚の女性に用いる語、また同書に舅氏・伯氏があり、男性にも使われる。また尹氏は尹という姓につけた呼び名で、一種の敬称である。
氏の字源については諸説紛々だが、匙(さじ、スプーン)の形とする郭沫若(中国史・古代文字の専門家)の説が妥当である。ただし実体に重点があるのではなく、形態や機能に重点がある。スプーンは形態的には薄い形であり、機能的には物を取り分ける働きがある。だから氏は「薄くて平ら」というイメージ、また「一つのものから次々に分ける」というイメージを表すことができる。後者のイメージを用い、もとの一族から血を分けた仲間(姓から分かれた集団)であることを示す標識という意味をもつ古典漢語dhieg(ӡiĕ、呉音ではジ、漢音ではシ)を氏という視覚記号で表記した。