「四」

白川静『常用字解』
「仮借。甲骨文字は数を数える用具の算木を四本重ねた形で、その字は指事であるが、のち四の字形を用いるようになった。四は呬(口気をもらす)の音符の四をとったもので、口を開いて笑う形。その音を借りて用いる」

[考察]
字体が変化したというのはその通りである。甲骨文字の時代に算木があったかの確証はない。「亖」は4本の横線を並べた象徴的符号とすべきであろう。金文では亖と四の字体が平行している。四は呬の音符の四をとった仮借だというが、呬の音はキであってシではない。また四のほうが呬よりも先にできた。呬の仮借というのは理屈に合わない。
古人は「四は支なり」という語源意識をもっていた。支は「←→の形(左右)に分かれる」というイメージ、左右と上下を合わせると「四方に分かれる」というイメージであるが、さらに「ばらばらに分散する」というイメージに展開する。数の観念は一(未分化の統一性・全体性のイメージ)→二(分裂・並列のイメージ)→三(別のものが入り交じるイメージ)と進む。次はどんなイメージで「よっつ」という数詞を捉えたのであろうか。古人の言語感覚では「分散する」というイメージで命名されたと考えられる。これを古典漢語ではsied(呉音・漢音でシ)という。この語は死・西・私・細などと同源で、「ばらばらになる」 というコアイメージがある。
二つの間に別のものが割り込んで「入り交じる」(食い違い、不ぞろい)というイメージの数の三の観念が生まれたが、次にその三にもう一つ加わると「ばらばらに分かれる」というイメージの数となる。これが「よっつ」という数詞の成立である。しかし四分する(ばらばらになる)数というイメージはやがて2と2に等分される数という認識に変わったと考えられる。かくて字体の変化が起こった。亖(四つに分かれた線分)から四という図形に変わった。これは「囗(区画を示す符号)+八(二つに分ける符号)」を合わせたもので、区画を二つに分ける状況を暗示させる。この意匠によって二つに(2と2に)分けられる数であるsiedを表記するようになった。