「旨」

白川静『常用字解』
「会意。氏と曰えつとを組み合わせた形。氏は氏族の共餐のとき、氏族長が祭りに供えた肉を切り分けるときの小刀。曰は祝詞を入れる器に祝詞のある形と少し異なるので、この字の場合は肉など調理したものを入れた器のようである。器の中の物を小刀で切ることを旨といい、切って食べて味がよい、“うまい” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。氏(肉を切り分ける小刀)+曰(肉などを入れる器)→器の中の物を小刀で切る意味を導き、切って食べて味がよいという意味に展開させる。しかし切って食べることから味がよいという意味になるだろうか。意味の展開に必然性がない。
意味は字形から出るものではない。「言葉の意味」のほかに意味があるはずもない。言葉が文脈で使われる際に読み取れるものが意味である。旨は次のような文脈で使われている。
 原文:君子有酒 旨且多
 訓読:君子酒有り 旨く且つ多し
 翻訳:主人のふるまう酒は うまくてたっぷり――『詩経』小雅・魚麗

旨は味がうまい(おいしい)の意味で使われている。これを古典漢語ではtier(呉音・漢音でシ)という。これを代替する視覚記号として旨が考案された。
語源について王力は旨と指を同源とする(『同源字典』)。一方、『爾雅』(古辞書の一)では「指は示なり」とある。旨・指・示は同源の語と見てよい。示は「まっすぐ」のイメージがあり、指は直線状の「ゆび」と「まっすぐに指す」の意味がある。したがって旨も「まっすぐ」「直線状」のイメージがあると考えられる。図示すれば「→の形や↑の形にまっすぐ」であるが、視点を変えれば「↓の形にまっすぐ」でもある。
さて旨は「味がうまい」を意味するtierを表記するために考案された図形である。どんな工夫があるのか。味は舌の感覚である。食べ物を舌に乗せて、味の気がまっすぐに→の形に伝わっていく、あるいは↓の形に舌に浸透していく。これが食べ物を味わうということであろう。かくてtierを表記するための図形化が行われた。
ここから字源の話になる。旨は「匕+甘」に分析できる(これが古来の分析法)。匕は匙(さじ)に含まれる匕と同じで、スプーンの形。甘は口に物を含む形。したがって旨はスプーンで食べ物を舌に乗せて味わう情景を設定した図形である。図形には上に述べたような「まっすぐ」のイメージはこめられていないが、舌で味わうことでもって「うまい」を表そうとしたのである。