「思」

白川静『常用字解』
「形声。もとの字は恖に作り、音符は囟。囟はひよめき(幼児の頭蓋骨の縫合部分)の形で、その中は考える働きをする脳のあるところであるから、心を加えて心に“おもう、かんがえる” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。会意とはAの意味とBの意味を足し合わせた「A+B」をCの意味とする方法である。囟(ひよめき、考える働きのある脳)+心→心におもう・かんがえるという意味を導く。
囟を「ひよめき」としたのは良いが、その中にある脳が考える働きがあるとしたのは妥当ではない。というのは脳を思考の中枢とする思想は西洋医学が伝わった17世紀以後の話である(日本では更に遅れる)。中国では(また日本でも)思考の働きは心臓にあると考えられた。漢字に心の偏があるのはこの理由による。
実体よりも形態や機能に重点を置くのが漢字の造形法である。囟シンは「ひよめき」(顖門シンモン。医学用語では泉門)であるが、実体ではなく、その形態や機能に重点がある。泉門は幼児の頭蓋骨の前と後ろにあり、骨が固まる前の未縫合部分である。細い隙間が開いており、脈搏とともにひくひくと動く(日本語の「ひよめき」の語源もここにある)。だから囟は「隙間が開いている」「細い隙間」「狭い隙間から出入りする」、また「細かい」「細かく分かれている」「ふわふわとしている」「柔らかい」「軽い」などのイメージを示す記号とされる(633「細」を見よ)。
思は「囟シン(音・イメージ記号)+心(限定符号)」と解析する。囟は「細い隙間」「狭い隙間から出入りする」「細かい」というイメージを表す。したがって思は心臓が細々と働いて、思考を生む気を出し入れする状況を暗示させる。この図形的意匠によって、「細やかに物をおもう、思いやる、細々と考える」の意味をもつ古典漢語siəg(呉音・漢音でシ)を表記する視覚記号とした。