「師」

白川静『常用字解』𠂤𠂤
「会意。𠂤と帀とを組み合わせた形。軍が出征するとき、祖先を祭る廟や軍社で肉を供えて戦勝祈願の祭りをし、その肉(𠂤、脤肉)を携えて出発した。もし軍が分かれて行動するときは、脤肉を切り分けて携えて行動した。帀は脤肉を切り分ける時に使う血止めのついた刀で、師はこの刀で脤肉を切り取ることをいう。この脤肉を切り取る権限を持っている者が師で、“軍長、将軍”をいう」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。「𠂤(脤肉)+帀(刀)」という僅かな情報から多量の情報を引き出した。その結果、師は「刀で脤肉を切り取る」→「脤肉を切り取る権限を持つ者」→「軍長、将軍」という具合に意味を展開させる。
脤肉とは何の肉か。牛・羊などの犠牲の肉か。帀は「血止めのついた刀」だというが、それなら生の肉であろうか。軍が出征する時に生の肉を携えると長期間保存できるだろうか。基本的なことで疑問が起こる。
𠂤が肉の形とはとうてい思えない。『説文解字』では「𠂤タイは小阜なり」とあり、段玉裁は堆積の堆(土をうずだかく盛ったもの)の原字としている(『説文解字注』)。自然の丘や小山ではなく、人工的に積み重ねた土と考えられる。したがって𠂤は土の塊が二つ連なった形、あるいは積み重ねた形と解釈する。この図形的意匠によって「多くの物の集まり、集団」のイメージを表すことができる。甲骨文字で𠂤を軍隊の意味で使っているのは、「集団」というイメージを利用したものである。
古典では軍隊を意味する語はsïer(呉音・漢音でシ)といい、師という視覚記号で表記されている。次の用例がある。
 原文:王于興師 脩我戈矛 與子同仇
 訓読:王于(ここ)に師を興さば 我が戈矛を脩め 子と仇を同じくせん
 翻訳:王が軍隊を立ち上げるなら ほこを整えて お前と一緒の仲間になろう――『詩経』秦風・無衣
この師は兵士の集団(軍隊)の意味で使われている。
師は「𠂤タイ(音・イメージ記号)+帀(イメージ補助記号)」と解析する。𠂤は「集団」のイメージだが、帀は何か。帀は之(まっすぐ進む)の逆さ文字である。逆さ文字は逆の意味やイメージを作るための工夫である。「まっすぐ進む」の反対は「まっすぐ進まないで向きを変える」ことである。帀は↺の形に回るというイメージを示す記号である(帀は後に匝ソウとも書かれ、「めぐる」の意味)。かくて師はある物や所をぐるりと回って丸くなった集団を暗示させる図形。この意匠によって兵士の集団の意味をもつsïerを表記する。
ちなみに英語のtroopやarmyも軍隊の意味のほかに群れや集団の意味がある。古典漢語のsïerも「集団」というコアイメージから生まれた言葉である。