「脂」

白川静『常用字解』
「形声。音符は旨。旨は器中の物を肉切り用の小刀で切る形で、旨い肉をいう。月(肉)と旨とを合わせて美味な肉であることを示し、美味な肉は脂ののったものであるので“あぶら” の意味となる」

[考察]
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。旨(うまい肉)+肉→美味な肉という意味を導く。これから「あぶらの意味になったという。
旨に「旨い肉」という意味はない。また脂に「美味な肉」という意味はない。旨も脂も同義にされている。
白川漢字学説は言葉という視点がない。だから形声の説明ができない。形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的に意味を考える方法である。
脂は語史が古い語で、次の用例がある。
 原文:膚如凝脂
 訓読:膚は凝脂の如し
 翻訳:[彼女の]肌は固まったあぶら身のように白い――『詩経』衛風・碩人
脂は動物性のあぶら(脂肪)の意味で使われている。 
脂は「旨(音・イメージ記号)+肉(限定符号)」と解析する。旨はスプーンで食べ物を舌に乗せて味わう情景を設定した図形である(689「旨」を見よ)。食べ物を味わう行為は、食べ物を舌に乗せて、味の気がまっすぐに→の形に伝わっていくというイメージである。また、↓の形に舌に浸透していくと考えてもよい。まっすぐに伝わる味覚、あるいは深く浸透していく味わいが「うまい」という意味を実現させる。旨に限定符号の肉を添えて、肉に浸透しているうまみの部分、つまり「あぶら」を暗示させる。