「紫」

白川静『常用字解』
「形声。音符は此。説文に“帛の青赤色なるものなり」とあり、“むらさき”をいい、間色の美しいものである」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的にも説明できず、字源を放棄している。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げて、語源的に意味を究明する方法である。もっとも意味は字形から出るのではなく、言葉の実際の使い方に現れる。古典の文脈から意味を知ることができる。形声の説明原理とはなぜその意味になるか、どんな意味かを正確に究明することである。
紫は古典に次の用例がある。
 原文:子曰、惡紫之奪朱也。
 訓読:子曰く、紫の朱を奪ふを悪(にく)むなり。
 翻訳:[現代ファッションで]紫が朱を排除しているのがいやだ、と先生[孔子]はおっしゃった――『論語』陽貨
注釈に「間色なり」とあり、赤と青の中間色とされる。日本語の「むらさき」に当たる。古典漢語ではtsiĕr(呉音・漢音でシ)といい、これを表記するために紫の視覚記号が作られた。
古人は「紫は疵(きず)なり。正色に非ず」と語源を説いている。上の『論語』でもそうだが、紫は良い印象のない色である。それは原色が混じり合っているからである。ここに紫という言葉の語源を説く鍵がある。
紫は「此シ(音・イメージ記号)+糸(限定符号)」と解析する。此が言葉の深層構造に関わる部分であり、コアイメージの源泉である。此とは何を表す記号か。字形を分析してみる。止は足(foot)の形。匕は人の鏡文字である。人は正常に立つ人。その反対は変な姿勢に傾いた人である。此は歩いてきた人が何かにつまずいて、つんのめって止まり、前のめりになって傾く情景を設定した図形である。等間隔に歩幅を取って歩いてきた足はちぐはぐでそろわなくなる。また体勢も傾いて∠のような形になる。∠の形は∧や∨の形にもなる。このように此は「ちぐはぐでそろわない」というイメージや、「∧∧∧の形(ぎざぎざ・ちぐはぐ)」というイメージを表す記号になりうる。
「ちぐはぐでそろわない」というイメージは「不純なものが混じる」というイメージにも展開する。糸はいとのほかに布や織物と関係することを示す限定符号だが、糸や布の染色とも関係づける限定符号として使うことがある(紅・紺・緑など)。かくて紫は一つの色(正色)でそろえてなく、別々の色をちぐはぐに混ぜて生じた色を暗示させる。この図形的意匠で「むらさき」を意味するtsiĕrを表記する。中間色は紫のほかにたくさんあるが、おおむね用途や工程による命名である。紫だけはその性質による命名になっている。