「歯」
正字(旧字体)は「齒」である。

白川静『常用字解』
「形声。 音符は止。その下部は歯の並んでいる形であり、“は”をいう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。本項では止からの説明ができていない。字源を放棄している。
止とは何か。ただ発音を示しているだけか。音符を発音符号だと考えると間違ってしまう。発音符号とは音素のレベルで音素を表す符号である。漢字は音素のレベルにタッチしない。記号素のレベルで図形化した文字である(だから記号素文字ともいわれる)。記号素のレベルだから音素に分析することはない。漢字の音符とは発音符号ではなく、記号素の読み方を暗示させる働きがある。しかし読み方を暗示させる以上の重大な働きがある。それは言葉のコアイメージを示す働きである。だから音符という呼び名はふさわしくない。音・イメージ記号と呼ぶのがよい。
齒は「止シ(音・イメージ記号)+𠚕(限定符号)」と解析する。𠚕は齒の下の部分である。これは口の中の「は」を描いた図形で、甲骨文字や古文にある。これで「は」を表した。しかし後に字体が変わり、止を音・イメージ記号とする字になった。この場合Aは限定符号の働きをする。
止は「じっと止まる、止める」というイメージを示す記号である(681「止」を見よ)。このイメージは歯の機能に着目したものである。固体物を食べる際、液体を飲み込むこととは違って、歯で受け止め、咀嚼する必要がある。物が喉に入る前に物を止める働きをする。だから止を音・イメージ記号とする齒が作られた。この図形は「食べ物を口に入れて嚙み止める歯」という意匠に仕立てたものである。