「嗣」

白川静『常用字解』
「会意。口と冊と司とを組み合わせた形。口はᆸで、祝詞を入れる器の形。冊は犠牲の獣を養う牢閑(檻)の扉の形。司には神事をつかさどるの意味がある。位をつぐ儀礼を行うときに犠牲を供えることがあったので司に冊を加え、祝詞を唱えて儀礼をつかさどるためᆸを加えたのであろう。嗣は“位をつぐ”の意味に、また“あとつぎ、よつぎ”の意味に用いる」

[考察]
司と嗣は音のつながりがあるから明らかに形声のはず。形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。ᆸ(祝詞を入れる器)+冊(犠牲を養う檻の扉)+司(神事をつかさどる)→位をつぐという意味を導く。左側の字の組み合わせから右側の意味が出る必然性があるだろうか。
嗣は古典で次のように使われている。
①原文:罰弗及嗣。
 訓読:罰は嗣に及ばず。
 翻訳:刑罰は後継ぎに及ぶことはない――『書経』大禹謨
②原文:嗣武受之
 訓読:武を嗣ぎて之を受く
 翻訳:王の跡を受け継いだ――『詩経』周頌・武

①は後継ぎの意味、②は跡(後)を継ぐ意味で使われている。これを古典漢語ではziəg(推定音、呉音でジ、漢音でシ)という。これを代替する視覚記号が嗣である。
嗣は「司(音・イメージ記号)+冊(イメージ補助記号)+口(限定符号)」と解析する。司は「小さい」というイメージがある(713「詞」、685「司」を見よ)。冊は文字を書いた竹や木の札をつないだもので、昔の文書・書物である。口は言葉をしゃべる行為と関係があることを示す限定符号。したがって嗣は後継ぎの小さな子(の名)を文書に記して先祖に告げる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって①の意味をもつziəgを表記する。