「賜」

白川静『常用字解』
「形声。音符は易。易は賜のもとの字で、その形は右側に小さな把手がついている爵の注ぎ口から酒杯に酒を注ぐ形。この易は貿易の易とは別の字で、この易は酒を“たまう”の意味である。のち酒以外の品物をも“たまう、たまわる”ことから貝を加えて賜となった」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。爵の注ぎ口から酒杯に酒を注ぐ形から、酒をたまう→酒以外の金品をたまうという意味を導く。
酒杯に酒を注ぐ形なら「酒を注ぐ」の意味になりそうなもの。なぜ「たまう」の意味が出てくるのか。「賜う」とは上位の人が下位の人に物を下し与えることである。「与える」という行為に敬意が含まれているのが「賜う」である。「施す」も同じである。「酒を注ぐ」という行為から「賜う」に展開する必然性がない。
古人は「賜は施なり」と語源を捉えている。施は「(空間を)ずるずると延びて移る」というコアイメージから「物をAからBに移して与える(恵み与える)」という意味が実現される(707「施」を見よ)。物を与える場合、直接手渡すのではなく、物をずらすようにして相手の所に押しやるのは失礼な行為ではなく、敬意を払った行為である。このような与え方を「施す」という。「賜う」もこれと似た与え方である。
賜は古典に次の用例がある。
 原文:君賜食、必正席先嘗之。
 訓読:君食を賜へば、必ず席を正して先づ之を嘗む。
 翻訳:君主が食を賜った際、[孔子は]必ず座席を正し、自ら先にそれを味わった――『論語』郷党

賜は上位の人が下位の人に物を与える意味で使われている。下位の方に視点を置くと、上位者から物をもらう(たまわる)という意味にもなる。これを古典漢語ではdieg(siĕ、呉音・漢音でシ)という。これを代替する視覚記号として賜が考案された。
賜は「易(音・イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。易はトカゲやヤモリのような爬虫類を描いた図形である。実体に重点を置くのではなく、形態的・生態的特徴に重点を置くのが漢字の造形法である。だから易は「平らに延びて移る」というイメージを示す記号になりうる(62「易」を見よ)。これは「平らに這うようにして横に延びる」「A点からB点にずるずると移っていく」というイメージにもなる。したがって賜は物を押しやって、ずるずると平らに這うような形で、相手の方に物(金品)を移動させる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、上位の者が下位の者に物を下し与える意味を暗示させる。