「示」

白川静『常用字解』
「象形。祭卓の形。神を神示ともいい、示は“かみ”の意味で、視と通用して“しめす”の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には言葉という視点がないから、「神」の意味と「示す」の意味を同列に論じている。しかも「示す」は視の仮借としている。「神」を本義とするのであろう。実は「しめす」を意味する古典漢語はgier(dӡi、呉音でジ、漢音でシ)であり、「神」を意味する場合はgieg(giĕ、呉音でギ、漢音でキ)である。言葉が違う。しかし語源的には同源である。
示の字源については諸説紛々であるが、祭壇の形と解したのは明義士(James Mellon Menzies、1885~1957、カナダの宣教師で甲骨文字研究家)が最初である。おそらく示は足のついた祭壇の図形である。実体よりも形態や機能に重点を置くのが漢字の造形法である。形態的にはまっすぐ立てたものであるから「まっすぐ」のイメージがあり、機能的には神意がここへまっすぐに顕現される場所と考えられたので、「まっすぐに(はっきりと)現ししめす」というイメージが捉えられる。
示は古典に次の用例がある。
 原文:人之好我 示我周行
 訓読:人の我を好まば 我に周行を示せ
 翻訳:私をお気に召したら 周の道中を語り聞かせよ――『詩経』小雅・鹿鳴
示ははっきりと現し示す、まっすぐに(隠さずに)人に見せるという意味で使われている。
一方、天の神に対して地の神をgierといい、示をその視覚記号とした。後に祇と書かれる。天神地祇、神祇の祇である。祇は「示ギ(音・イメージ記号)+氏(限定符号)」を合わせた字である。