「字」

白川静『常用字解』
「会意。宀は祖先の霊を祭る廟の屋根の形。子が生まれて一定の日数が過ぎて養育の見込みが立つと、廟に出生を報告する儀礼を行うことを示すのが字である。この儀礼によって養うことが定まり、字あざながつけられるので“やしなう、あざな” の意味となり、その字が文字となった」

[考察]
形声の説明原理がなく、会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である「宀(廟の屋根)+子」という舌足らず(情報不足)な図形から、多量の情報を読み取り、子の出生を報告する儀礼の意味とし、そこから「養う」と「あざな(幼名)」の意味を導く。文字の意味は「あざな」からの転義だという。
「字」という字が生まれた時代は当然文字があったはずで、子どもにつける幼名も文字で書いていたであろう。「あざな」から文字の意味が出るというのは本末転倒ではなかろうか。
字は古典でどういう文脈で使われているかを見てみよう。
①原文:女子貞不字、十年乃字。
 訓読:女子貞にして字せず、十年乃ち字せん。
 翻訳:女子が貞操で子を生まない。だが十年たったら生むだろう――『易経』屯
②原文:誕寘之隘巷 牛羊腓字之
 訓読:誕(ここ)に之を隘巷に寘(お)く 牛羊之を腓字す
 翻訳:狭い通りに捨て子を置くと 牛と羊がかばって育てた――『詩経』大雅・生民

①は子を生む意味、②は大事に養い育てる意味で使われている。これを古典漢語でdziəg(呉音でジ、漢音でシ)という。これを代替する視覚記号として字が考案された。
字は「子(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析する。子が言葉の深層構造に関わる部分である。古人は「子は孳(ふえる)なり」と語源を捉えている。子は「小さいものが次々に増える」というコアイメージがある(679「子」を見よ)。宀は家に関わる限定符号である。限定符号は図形的意匠を作るための場面・情景を設定する働きがある。字は子を生んで家の中で大事に育てる情景を設定した図形である。この意匠によって①②の意味をもつdziəgを表記する。
意味はコアイメージによって展開するのが漢語意味論の転義の特徴である。「小さいものが増える」というコアイメージから、本名から派生した名(本名のほかにつける名、あざな)の意味、また文(単体の文字)から派生する複合体の文字(組み合わせ文字)の意味に展開する。文と字を合わせたのが「文字」である。