「寺」

白川静『常用字解』
「形声。音符は之。古い字形では上部は之で、趾あしあとの形。寸は又(右手の形)の指の下に一をそえた形である。寺はもつの意味で、持のもとの字である」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。しかし之(趾の形)+寸(手の指に一をそえた形)からなぜ「もつ」の意味が出るのか全く分からない。言葉という視点がないから、形声の説明になっていない。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的に探求することである。
寺は古典でどのように使われているかを見てみよう。
①原文:未見君子 寺人之令
 訓読:未だ君子を見ず 寺人に之れ令す
 翻訳:殿方がまだ見えぬから 小者にお迎え申しつく――『詩経』秦風・車鄰
②原文:匪敎匪誨 時維婦寺
 訓読:教ふるに匪(あら)ず誨ふるに匪ざるは 時(こ)れ維(こ)れ婦寺
 翻訳:教えてもかいのないのは 王の側に仕える女――『詩経』大雅・瞻卬

寺は①②とも貴人の側に仕えて働く人、雑用を取り仕切る者という意味で使われている。これを古典漢語ではziəg(呉音でジ、漢音でシ)という。これを代替する視覚記号として寺が考案された。
古人は「寺は止なり」「寺は侍(はべる)なり」と語源を捉えている。「じっと止まる」というイメージである。貴人の側にじっと立って仕えるという視点から見れば「じっと止まる」というイメージがあるが、まめまめしく働くという視点から見れば「まっすぐ進む」というイメージもある。
寺は「之シ(音・イメージ記号)+寸(限定符号)」と解析できる。之を分析すると「止シ(音・イメージ記号)+一(イメージ補助記号)」となる。止が之・寺を貫く根源のイメージ(コアイメージ)を提供する基幹記号である。どんなイメージか。止は足(foot)の図形で、足の機能から「進む」と「止まる」という二つのイメージを表すことができる(681「止」を見よ)。之は足が目標めざしてまっすぐ進む情景を設定した図形。実現される意味は「行く」であるが、之も止と同じく、「進む」と「止まる」の二つのイメージを表すことができる。寸は又(手)と同じく手の動作に限定する符号(手に限らず動詞記号ともなる)。かくて寺は仕事をまっすぐ進めていく(前向きに、怠りなく、進行させる)状況を暗示させる図形である。この図形的意匠によって、貴人の側に仕えてまめまめしく働く人の意味をもつziəgを表記する。この語には上記の通り「まっすぐ進む」と「じっと止まる」のイメージが含まれている。
ちなみに寺になぜ「てら」の意味が生まれたのか。寺は後にまめに働く役人の意味、また役人の働く所(役所)の意味を派生したが、漢代になって、西域から来た僧侶の宿舎として鴻臚寺(外国から来た賓客を接待する役所)が使われたので、寺に僧侶の住まいという意味が生じたのである。