「次」

白川静『常用字解』
「象形。人が口を開いてなげき、そのなげく息づかいが現れている形。欠は口を開いて立つ人を横から見た形で、二がその吐く息を示している。なげくの意味の字として咨が作られ、次は弐(ふたつ、ふたたび)と通用して、“つぐ、つぎ” の意味となる」

[考察]
上の文章から判断すると次は咨の原字で、「なげく」の意味と取れる。「つぎ」の意味は弐の仮借だという。
しかし次には「なげく」といった意味はない。字形からむりに引き出された意味としか思えない。咨は諮の原字で、上位の者が下位の者に意見を求める(諮る)の意味であって、咨を嘆息の声(「ああ」と読む)に用いるのは擬音語である。次は「なげく」とは関係がない。
弐はnierの音、次はts'ierの音であり、通用するとは言い難い。また弐は数量がふたつの意味だが、次は二番目の意味である。
次は古典どのように使われているかを見てみよう。
①原文:民爲貴、社稷次之。
 訓読:民を貴しと為し、社稷之に次ぐ。
 翻訳:人民がいちばん貴く、国家はその次である――『孟子』尽心下
②原文:惟戊午、王次于河朔。
 訓読:惟(こ)れ戊午、王河朔に次(やど)る。
 翻訳:戊午(つちのえうま)の日に王は黄河の北で宿った――『書経』泰誓

①は前のものの後に続く(つぐ)の意味、②は旅や行軍の途中で列をなして止まる意味で使われている。これを古典漢語ではts'ier(呉音・漢音でシ)という。これを代替する視覚記号として次が考案された。
ts'ier(次)の語源について探求したのは藤堂明保である。藤堂は次のグループ(次・姿・資・茨・恣など)は斉のグループ(斉・済・斎・剤・儕・臍など)や妻のグループ(妻・萋・淒・棲など)と同源で、TSERという音形と、「そろって並ぶ」という基本義があるという(『漢字語源辞典』)。A-B-C-という具合につぎつぎに並ぶというイメージである。このコアイメージから①の意味が実現される。
次の字源は「二(イメージ記号)+欠(限定符号)」と分析する。二は二つのものが並ぶことを示す象徴的符号である。二つ以上のものが等間隔に並ぶことにも拡大できる。欠は口を大きく開けた人の形で、大口を開けて行う動作に関わる限定符号である。歌・欧(吐く)・欲などに使われている。歇ケツ(休む)にも使われている。次は人たち(行軍や旅をする一団)が前に進まないで、途中で並んだまま止まって一休みする情景を設定した図形である。②の意味に展開した際に考案された図形と考えられる。
「つぐ」と「やどる」は何の関係もなさそうに見えるが、「つぎつぎに並ぶ」というコアイメージが共通である。