「治」

白川静『常用字解』
「形声。音符は台。台は耜の形である厶に口(ᆸで、祝詞を入れる器の形)を加えた形で、農耕の開始にあたって、耜を祓い清め、豊作を祈る儀礼をいう。治はそのことを水に及ぼして、水を治める儀礼をいう字であろう」

[考察]
「耜を祓い清め、豊作を祈る儀礼」から、なぜ「水を治める儀礼」になるのか、理解できない。「水を治める儀礼」とはどういうものか。これも分からない。
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くのが特徴であるが、本項では会意的にも説明ができているとは言い難い。形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げて語源的に究明する方法である。
治は古典でどのように使われているかをまず調べる必要がある。次の用例がある。
①原文:禹之治水、水之道也。
 訓読:禹の水を治むるは、水を之れ道(みちび)くなり。
 翻訳:禹の治水の方法は、水のルートに従って導くものである――『孟子』告子下
②原文:綠兮絲兮 女所治兮
 訓読:緑よ糸よ 女(なんじ)の治むる所
 翻訳:緑の色よ その糸よ それはお前がこしらえた[染めた]もの――『詩経』邶風・緑衣
③原文:無爲而治者其舜也與。
 訓読:無為にして治まる者は其れ舜なるか。
 翻訳:何もしないで平和に治まったのは舜の政治であろうか。
④原文:所治愈下、得車愈多。
 訓読:治むる所愈(いよい)よ下れば、車を得ること愈よ多し。
 翻訳:病気を治す場所が汚くなればなるほど、褒美の車が多くもらえる――『荘子』列禦寇

①は川の水を調整する意味、②は程良く手を加えて形を整える意味、③は世の中が乱れないように秩序を整える意味、④は病気の原因を取り去り体の具合を整える意味で、これらを統括するのは「手を加えてうまく調整する」という意味である。これを古典漢語ではdiəg(呉音でヂ、漢音でチ)という。これを代替する視覚記号として治が考案された。
治は「台タイ・イ(音・イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。台は臺とは別字で、始・胎・怠・治・冶・笞・飴などを構成する基幹記号である。699「始」で述べたが、もう一度振り返る。厶は㠯イと同じで、耜の形である。ただし実体に重点があるのではなく機能に重点がある。耜は土を掘り返す道具である。自然に人工を加えるのがその機能である。だから「道具を用いる」「自然に手を加える」「人工を加える」というイメージを厶(㠯)の記号で表すことができる(10「以」を見よ)。「厶イ(音・イメージ記号)+口(場所や物を示すイメージ補助記号)」を合わせた台は、道具を用いて手を加える状況を暗示させる図形である。台も「自然に手を加える」「人工を加える」というイメージを表すことができる。
かくて治の図形的意匠が明らかになる。洪水が起こった場合、川の水があふれないように、人工を加えて調整する情景である。この意匠によって、よくない事態(無秩序、混乱など)に手を加えてうまく調整することを暗示させるのである。