「持」

白川静『常用字解』
「形声。音符は寺。寺にものを保有し、またその状態を持続するの意味があり、持のもとの字である。手にもち続けることを持という」

[考察]
形声の説明原理がなく会意的に説くのが白川漢字学説の特徴である。しかし寺に「ものを保有し、その状態を持続する」という意味があるだろうか。そんな意味があるとは思えない。寺は貴人の側に侍って働く人の意味で使われている(727「寺」を見よ)。しかし形声の原理は実体に重点を置くのではなく、形態や機能に重点を置く。寺という語の深層構造に掘り下げるのである。
まず古典における持の用例を見てみよう。
①原文:從車持旌。
 訓読:車に従ひ旌を持つ。
 翻訳:車の後について旗を持つ――『周礼』春官・巾車
②原文:持其志、無暴其氣。
 訓読:其の志を持し、其の気を暴にする無かれ。
 翻訳:志をしっかり保って、気力を荒々しくしてはいけない――『孟子』公孫丑上

①は手につかんで持つ意味、②は長くそのままの状態を保つ意味で使われている。これを古典漢語ではdiəg(呉音でヂ、漢音でチ)という。これを代替する視覚記号が持である。
持は「寺(音・イメージ記号)+手(限定符号)」と解析する。寺は「まっすぐ進む」と「じっと止まる」の相反する二つのイメージがある(727「寺」を見よ)。ここでは「じっと止まる」のイメージが用いられる。持は手に物をつかんでじっと止めておく状況を暗示させる図形。この図形的意匠によって①②の意味をもつdiəgを表記する。
ちなみに英語のholdは「一時的におさえておく」というコアイメージから「持つ、つかむ、支える、保つ」の意味に展開し、haveは「所有・経験空間に何かを持つ」というコアイメージから「持っている、いる、ある、手に入れる」などの意味に展開するという(『Eゲイト英和辞典』)。古典漢語の持はhaveよりもholdに近い。