「式」

白川静『常用字解』
「会意。工は巫祝が左手に持つ呪具で、神聖なものを守り悪邪を祓い清めるのに使う。弋はいぐるみに用いる矢の形であるが、これも呪具として使用したのであろう。この二つの呪具を使って邪気を祓い清めて状態を回復するので、式は法式(手本、規範、のり)の意味となり、“のっとる、規範とする” の意味となる」

[考察]
工は巫に含まれているから呪具としたのであろうが、「いぐるみ」(鳥を捕まえる道具)が呪具になるとはどういうことか。そもそも呪具とは何か。呪いをかけるための道具か。よく分からない。
また「工(呪具)+弋(呪具)」から「邪気を祓い清めて状態を回復する」という意味が出るだろうか。「状態を回復する」とはどういうことか。邪気のない原状を回復するということか。そうすると、それから「法式(手本・規範)という意味に展開するだろうか。疑問だらけである。
白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが特徴である。しかし字形から意味を導こうとすると図形的解釈と意味の区別がつかなくなり、それらが混同される。意味とは「言葉の意味」であって字形から出るのではない。白川漢字学説には言葉という視点がすっぽり抜け落ちている。意味は字形からではなく言葉の用例から導くべきである。
式は古典に次の用例がある。
①原文:知其白、守其黑、爲天下式。
 訓読:其の白を知り、其の黒を守れば、天下の式となる。
 翻訳:白を知った上で黒を守れば、世界中の模範となれる――『老子』二十八章
②原文:古訓是式 威儀是力
 訓読:古訓に是れ式(のつと)り 威儀に是れ力(つと)む
 翻訳:昔の教えを手本とし 威儀に大いに努める――『詩経』大雅・烝民

①は基準となるもの(型になるもの、手本や模範)の意味、②は手本にする(のっとる)の意味で使われている。これを古典漢語ではthiək(呉音でシキ、漢音でショク)という。これを代替する視覚記号として式が考案された。
式は「弋ヨク(音・イメージ記号)+工(限定符号)」と解析する。弋はいぐるみ(鳥を捕らえる道具)を描いた図形である。しかし実体に重点があるのではなく、形態や機能に重点がある。弋は「(手を加えて何かをするために)道具を用いる」というイメージを表すことができる。工は工作(細工)の場面を設定するための限定符号である。したがって式は道具を用いて細工をする情景を設定した図形。道具は何かをする手段であるだけでなく、道具自体が手を加える際にのっとるべき基準ともなる。この図形的意匠によって、何かをする際に用いるべき基準となるもの(手本)を暗示させる。
古典では「道具を用いる」というコアイメージから、単に「用いる」という意味、「何かを用いて→もって」という意味も実現されている。