「識」

白川静『常用字解』
「形声。音符は戠しょく。戠は戈に飾りをつけた形で、標識とするの意味があった。標識によって識別して知ることができるから、識は“しるし、しるす” の意味から、“しる、わかる”の意味となる」

[考察]
この字源説はほぼ妥当である。しかし言の言及がない。また戠が「戈に飾りをつけた形」であるかは疑問がある。戈に飾りをつけて標識とするだろうか。
字形から意味を求めるのではなく、意味をどう図形化したか、その工夫を考えるのが正しい漢字の見方である。意味を知るには古典を調べればよい。意味は文脈で判断し理解するものである。
識は古典に次の用例がある。
①原文:三爵不識 矧敢多又
 訓読:三爵にして識らざれば 矧(いはん)や敢へて多く又せんや
 翻訳:三杯の酒で意識がなくなれば もっと飲ませることはない――『詩経』小雅・賓之初筵
②原文:默而識之。
 訓読:黙して之を識(しる)す。
 翻訳:口には出さず心に記す――『論語』述而

①は物事を見分ける(しる)の意味、②は心に記す(記憶する)の意味である。①を古典漢語ではthiək(呉音でシキ、漢音でショク)、②をtiəg(呉音・漢音でシ)という。これらをともに識という視覚記号で再現させる。
識は「戠ショク(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。戠の左側は音になっているが、古い字体では音ではない。杙のような標識の図形である。これをイメージ記号とし、戈を限定符号としたのが戠で、武器で目印(標識)を打ちつける情景を設定した図形。この意匠によって戠は「見分けるための目印」というイメージを表す記号になりうる。識は言葉という記号を用いて物事を区別して見分けることを暗示させる。この図形的意匠によって、他と区別して見分ける意味をもつthiəkを表記する。また、「見分ける目印」というコアイメージから、しるしの意味、記す(書き記す)の意味、さらに心に記す意味(これが上記の②)に展開する。
「しる」の意味には知もあるが、知と識は意味のイメージが違う。知は物事の本質を直観的にしることだが、識は他と違う何かのしるし(特徴)を捉えて、他との違いを区別してしることである。識別という熟語がこの意味をよく伝えている。