「失」

白川静『常用字解』
「象形。手をあげて舞い踊る人の形。巫女が手をあげて舞い踊り、我を忘れてうっとりとした状態になることをいう。気を“うしなう” というのがもとの意味である」

[考察]
我を忘れてうっとりとした状態になることがなぜ「気をうしなう」の意味になるのか分からない。失に「気をうしなう」という意味があるだろうか。辞書(『漢語大字典』など)にも見えない。図形的解釈と意味を混同している。
意味とは何か。言語学では言葉(記号素)は音と意味の結合したものと定義される。意味とは言葉の一要素であり、言葉に内在する概念である。意味は字形に求めるべきではなく、言葉が使われる文脈に求めるべきである。失は古典で次のように使われている。
①原文:可與言而不與之言、失人。
 訓読:与(とも)に言ふべくして之と言はざれば、人を失ふ。
 翻訳:一緒に語るべきなのに語らないと、人を取り逃がしてしまう――『論語』衛霊公
②原文:失飪不食。
 訓読:飪ジンを失へるは食はず。
 翻訳:煮方を間違った料理は食わない――『論語』郷党

①はするりと抜けてなくなる(取り逃がす)の意味、②はやるべきことをやらないで見過ごす(見逃す、間違う)の意味で使われている。これを古典漢語ではthiet(呉音でシチ、漢音でシツ)という。これを代替する視覚記号として失が考案された。
失を分析すると「手+乀」となる。乀は横にずれていくことを示す符号である。失は手から何かが横にずれて滑り落ちる情景を設定した図形である。この図形的意匠によって、あるべきものがするりと抜けてなくなる(取り逃がす)ことを意味するthietを表記する。
あるべきものを気づかずになくすることから、②の意味が生まれる。また「うっかりする」「うっかりやってしまう」という意味にも転じる。失言・失禁の失はこの意味である。