「室」

白川静『常用字解』
「会意。宀は祖先の霊を祭る廟の屋根の形。至は矢の逆さまの形と一とを組み合わせた形で、矢の到達した地点を示す。そこに祖先を祭る建物を建築するのである。室はもと祖先を祭る“へや” の意味であった」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。宀(祖先を祭る廟)+至(矢が到達する)→祖先を祭る部屋という意味を導く。
疑問点①矢が到達した地点に建物を築くという風習が古代中国にあっただろうか。考えにくい(証拠もない)。②宀は家と関係があることを示す限定符号に使われるが、なぜ特定の廟の屋根の意味になるのか分からない。③室に「祖先を祭る部屋」という意味があるだろうか。祖先を祭るのは廟ではないのか。
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法であるが、図形的解釈と意味を混同する傾向がある。「祖先を祭る部屋」は図形からむりに引き出した意味であろう。意味とは「言葉の意味」であって、字形ではなく、言葉の使われる文脈に求めるべきである。室は古典に次の用例がある。
①原文:鸛鳴于垤 婦歎于室
 訓読:鸛は垤テツに鳴き 婦は室に歎ず
 翻訳:コウノトリは蟻塚で鳴いている 女は奥部屋[寝室]で嘆いている――『詩経』豳風・東山
②原文:曰止曰時 築室于茲
 訓読:曰く止まれ曰く時なり 室を茲(ここ)に築け
 翻訳:[占いのお告げは]止まれ よい潮時だ ここに家を築け――『詩経』大雅・緜

①は奥部屋の意味、また一般に部屋の意味、②は家・建物の意味である。これを古典漢語ではthiet(呉音でシチ、漢音でシツ)という。これを代替する視覚記号が室である。
室は「至(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析する。至は「これ以上は行けない所まで行き着く(いたる)」の意味だが、「行き詰まる」「どん詰まり」というコアイメージがある(692「至」を見よ)。室は建物の中でこれ以上は行けないどん詰まりの部屋を暗示させる。室とは堂(表座敷)よりも奥まった所にある人の寝泊まりする部屋(奥部屋)の意味である。
『詩経』以後の文献でも奥部屋の意味で使われる例がある。『論語』に「由や堂に升れり、未だ室に入らず」(子路の音楽は堂には入っているが、まだ室には達していない)という文章がある。室は堂(表座敷)に対して奥部屋の意味で使われており、最終段階の比喩になっている。日本では最高の境地に達することを「堂に入る」というが、使い方を間違えた。「室に入る」でないと意味をなさない。