「疾」

白川静『常用字解』
「会意。甲骨文字・金文の字形は、大と矢とを組み合わせた形。人が腋の下に矢を受けた形で、矢の傷をいう。のち大を疒(牀の上に人が病気で寝ている形)に改め、病牀にある人の形とした。それで疾は矢創の意味から、すべての“病気、やまい”の意味となる」

[考察]
字形から意味を引き出すのが白川漢字学説の方法である。大(人)+矢→矢の傷、また、疒(病床にある人)+矢→やまいの意味を導く。
矢の傷という意味は図形的解釈をそのまま意味としたもの。また疾を「疒+矢」とする場合の矢は何かの説明がない。字源説としては中途半端である。
白川漢字学説には言葉という視点がないから、言葉の深層構造への着眼がない。言葉にはコアイメージがある。これを捉えないと意味を捉え損ね、また意味の展開の説明ができない。白川説ではなぜ「速い」の意味に展開するかを説明できない。
語源を究明したのは藤堂明保である。藤堂は疾・進・晋・信・秦・迅・虱などは同源で、TSET・TSER・TSENという音形と、「速く進む」という基本義があるとしている(『漢字語源辞典』)。
疾は古典で次の用例がある。
①原文:山藪藏疾。
 訓読:山藪は疾を蔵す。
 翻訳:山や沢には流行病が潜んでいる――『春秋左氏伝』宣公十五年
②原文:不疾言、不親指。
 訓読:疾(はや)く言はず、親(みづか)ら指さず。
 翻訳:[孔子は]早口でしゃべらず、自ら他人を指さすことをしない――『論語』郷党

①は急性の流行病の意味。流行病は自然災害の一つと考えられたから、山や沢に潜むと言っている。②は速いの意味で使われている。これを古典漢語ではdziet(呉音でジチ、漢音でシツ)という。これを代替する視覚記号が疾である。
疾は基本的に「やまい」と「速い」の二つの意味がある。これらを概括するコアイメージが「まっすぐ速く進む」である。速く進行するのが流行病の特性である。
次に字源を見てみよう。疾は「矢(イメージ記号)+疒(限定符号)」と解析する。矢は何を表すのか。白川の言う通り、甲骨文字と金文では人が矢に刺さる情景を図にしている。矢は病気の原因の一つとされている。また矢はまっすぐ速く飛んで目標に突き刺さるものである。このイメージも取られている。したがって疾は病原が体を突き刺して病気を速く進行させる状況を暗示させる図形である。この意匠によって上記の二つの意味をもつdzietを表記するのである。