「湿」
旧字体は「濕」である。

白川静『常用字解』
「会意。㬎は日(霊の力を持つ玉の形)の下に糸飾りをつけた形で、これによって神を招き、神の顕れることを願う。神が天に陟り降りする地で、㬎を拝んで神が顕れることを願う儀礼を行うことを隰(さわ)といい、その儀礼の行われる神聖な地をいう。その儀礼の行われる神聖な水辺の地を湿という。湿は神を迎える水辺の地の意味から、“しめる、うるおう” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。しかし字形の解剖や意味の解釈に疑問がある。㬎の上部の日がなぜ玉なのかが分からない。糸飾りをつけた玉がなぜ神を招き、神の出現を願うことに使われるのか。神が天から上り下りする地がなぜ沢なのか。神の出現を願う儀礼が行われるのがなぜ水辺の地なのか。さらに不可解なのは「神を迎える水辺の地」という意味から「しめる・うるおう」という意味に転じたということである。
疑問だらけの字源説である。字形から意味を引き出そうとすると、あり得ない意味が出てくる。隰はただ「さわ」の意味であり、湿はただ「うるおう」の意味であって、神とは何の関係もないことである。
意味とは「言葉の意味」であって、字形に求めるべきではない。言葉が使われる文脈に求めるべきである。濕は古典で次のように使われている。
 原文:中谷有蓷  暵其濕矣
 訓読:中谷に蓷タイ有り  暵カンとして其れ湿(うるほ)ふ
 翻訳:谷間に生えてるメハジキは 日照りでも水分を得て生き返る――『詩経』王風・中谷有蓷

濕は水分がしみ込む(水気をたっぷり含む)という意味で使われている。これを古典漢語ではthiəp(呉音・漢音でシフ)という。これを代替する視覚記号として濕が考案された。
濕は「㬎(イメージ記号)+水(限定符号)」と解析する。㬎ケンは顯に使われる記号である(483「顕」を見よ)。㬎は「日+絲」を合わせて、明るい太陽の下で染め糸をさらす情景を設定した図形である。この行為の前半に視点を置くと「はっきりと姿を現す」というイメージを表すことができる(顕は「はっきり現れる」の意味)。一方、後半に視点を置くと「水に濡れてじめじめする」というイメージを表すことができる。濕では後者のイメージを用いて、上記の意味をもつthiəpの表記とした。