「質」

白川静『常用字解』
「会意。斦ぎんと貝とを組み合わせた形。斦は二ふりの斤おの。貝はもと鼎の形である。二ふりの斤で鼎に銘文を刻みつけることを質といい、銘刻して約束すること、銘刻された質剤(契約書)をいう」

[考察]
字形の解剖に疑問がある。貝が鼎の略形であるのは具や員の場合だけで、これらの貝が鼎であることは古字からはっきり分かる。しかし質の貝はもともと貝であって鼎ではない。だから鼎から意味を読み取るのは完全に誤りである。
なお二ふりの斤で鼎に銘文を刻むというが、なぜ二ふりなのか理解できない。文字を刻むのに二つの刀を使うとは理屈に合わない。
質は古典でどのように使われているかを調べてみる。
①原文:王子狐爲質於鄭。
 訓読:王子狐、鄭に質チと為る。
 翻訳:王子の狐コ[人名]は鄭国に人質となった――『春秋左氏伝』隠公三年
②原文:君子質而已矣、何以文爲。
 訓読:君子は質シツなるのみ、何を以て文を為さんや。
 翻訳:君子は中身が肝心だ。飾りなんて問題ではない――『論語』顔淵
③原文:民之質矣 日用飲食
 訓読:民の質なる 日に用(もつ)て飲食す
 翻訳:民はすなおで飾らず 毎日無事に生活している――『詩経』小雅・天保

①は抵当、また、抵当にする人や物の意味、②は物を構成する中身・内容の意味、③は生地のままで飾り気がない意味で使われている。古典漢語ではこれをtiet(呉音でシチ、漢音でシツ)というが、①の人質の意味では特にtied(呉音・漢音でチ)という。これらを代替する視覚記号として質が考案された。
質は「斦(イメージ記号)+貝(限定符号)」と解析する。斦は用例のないレアな字で、質の造形のために工夫された字である。どんなイメージを表すか。斤は斧の意味だが、目方の単位にも使われる。だから斤を二つ並べることによって、「二つのものが釣り合う」というイメージを表すことができる。図示すれば▯ー▯(A―B)の形である。貝は財貨や価値あるものと関係があることを示す限定符号である。かくて質は借りる金(A)に釣り合うだけの価値ある物(B)を暗示させる。この図形的意匠によって、上記の①の意味をもつtietまたtiedを表記する。
意味は次のように展開する。中身があって証しとなる抵当の意味(これが①)、飾りや名目ではない中身の意味(これが②)、中身のある事物の意味(物質・地質の質)、人の生まれたままの中身の意味(性質・素質の質)、生地のままで飾り気がない意味(質実・質素の質。これが上の③)など。以上は論理的展開順だが、語史的には③の意味が早く出現している。文献への出現順は必ずしも意味の展開順と一致しないことがある。