「実」
正字(旧字体)は「實」である。

白川静『常用字解』
「会意。宀と貫とを組み合わせた形。宀は祖先の霊を祭る廟の屋根の形。貫は貝の貨幣を貫いて綴り合わせたものであるから、ぜにさしに通した貝貨を廟に供える形が實で、ゆたかな供え物をいう。それで“みちる” の意味となる」

[考察]
字形から意味を導くのが白川漢字学説の方法である。図形的解釈をストレートに意味とするのが特徴である。宀(廟の屋根)+貫(ぜにさし)→ゆたかな供え物という意味を導く。
宀を廟の屋根に特定するのが根拠のない話であるが、廟の供物にぜにさしを使うというのも証拠がない。また、ぜにさしから「ゆたかな供物」という意味が出るだろうか。「ゆたかな供物」から「みちる」の意味になるだろうか。意味の展開に必然性がない。
實は古典に次のような用例がある。
①原文:有若無、實若虛。
 訓読:有れども無きが若(ごと)くし、実(み)つれども虚しきが若くす。
 翻訳:[知識が]有っても無いように、充実していても空っぽのようにする――『論語』泰伯
②原文:瞻望弗及 實勞我心
 訓読:瞻望すれども及ばず 実(まこと)に我が心を労す
 翻訳:眺めやれども姿が見えぬ まことに心がくたくたになる――『詩経』邶風・燕燕
③原文:摽有梅 其實七兮
 訓読:摽(なげう)つに梅有り 其の実は七つ
 翻訳:投げる梅の実 手元に七つ――『詩経』召南・摽有梅

①は中身がいっぱい詰まる(満ちる)の意味、②はまことに(本当に)の意味、③は植物の「み」の意味に使われている。これを古典漢語ではdiet(呉音でジチ、漢音でジツ)という。これを代替する視覚記号として實が考案された。
實は「宀+貫」だがこれは篆文をもとにした字体。しかしそれより古い金文では「宀+A+貝」になっている。毌は貫に含まれる毌ではなく、Aの変形である。
 A=囗の中に米印を入れた形(𡇒に近い)。
Aは周の金文にも含まれており(周の口を除いた部分)、田に米がびっしり蒔かれている(あるいは苗がびっしり生えている)情景を設定した図形。この意匠によって「びっしり密着する(詰まる)」というイメージを表すことができる。實は「A(イメージ記号)+貝(イメージ補助記号)+宀(限定符号)」と解析する。家の中に財貨がいっぱい詰まっている情景を設定した図形である。この図形的意匠によって①の意味をもつdietを表記する。
意味はコアイメージによって展開する。実は「中身が詰まる」というのがコアイメージ。①の意味から、空っぽではない中身・内容の意味(内実・名実の実)、内容があって偽りがないという意味(確実・事実の実)、うそや偽りのない心、まことの意味(誠実・信実の実)、偽りなく・まことにの意味(これが上の②)に展開する。また、中身が詰まることから、植物の「み」の意味(上の③))、植物がみのるの意味を派生する。