「斜」

白川静『常用字解』
「形声。音符は余。説文に“抒むなり”とあり、斗を使って水などを汲むことをいう。斗は柄のついている匕杓の形。汲むとき、斗の柄を斜めにして汲むので、斜は“ななめ、かたむく” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなくすべて会意的に説くのが特徴であるが、本項では余の説明がなく、会意的に説くことができていない。字源を放棄している。
形声の説明原理とは言葉の深層構造に掘り下げ、語源的に説く方法である。
斜は漢代以後の文献に出る字である。次の用例がある。
 原文:四月孟夏庚子日斜兮。
 訓読:四月孟夏、庚子、日斜めなり。
 翻訳:四月の初夏、かのえねの日、太陽は斜めに傾いた――『文選』賈誼・鵩鳥賦
斜はななめの意味で使われている。これを古典漢語ではziăg(推定音、呉音でジャ、漢音でシャ)という。これを代替する視覚記号が斜である。
王力(現代中国の言語学者)は邪と斜を同源としている。|の形は「まっすぐ」のイメージだが、∠の形になるのが斜(ななめ)であり、邪(不正)である。∠の形(ななめ)を表すために邪と斜の図形が工夫された。邪は牙からコアイメージが取られる。牙は∧の形をしている。∧の形は視点を変えれば∠の形になる。邪は∧や∠のイメージから「正しくない」という抽象的な意味に用いられる(768「邪」を見よ)。一方、物理的な∠の形(ななめ)を表すのが斜である。
斜は「余ヨ(音・イメージ記号)+斗(限定符号)」と解析する。余は「横に伸びる(延びる)」というイメージがある(758「舎」を見よ)。このイメージは「横にずれて移る」というイメージにも転化しうる。斗はひしゃくと関わる限定符号だが、限定符号は図形的意匠を作るための場面を設定する働きがある。斗の場面とはどんなことか。ひしゃくの用途は液体を汲むことにあるが、形態的にはまっすぐ立てるものである。|の形にまっすぐ立つものが横にずれていくと角度が変わって∠や∧の形になる。これがひしゃくに関わる場面である。かくて斜はななめに傾くという意味を暗示させることができる。