「謝」

白川静『常用字解』
「形声。音符は射。説文に“辞去するなり” とあって、別れのことばをのべて立ち去ることをいう」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説くが特徴である。しかし本項では射からの説明ができず、字源の体をなしていない。
「別れの言葉を述べて立ち去る」は辞の意味であって謝の意味ではない。謝は古典で次のように使われている。
①原文:敢謝不才。
 訓読:敢へて不才を謝す。
 翻訳:思い切って自分の無能をあやまった――『春秋左氏伝』襄公三十年
②原文:柳往謝之。
 訓読:柳往きて之に謝す。
 翻訳:柳[人名]は彼に礼を述べに行った――『韓非子』外儲説左下
③原文:王翦謝病老、歸新鄭。
 訓読:王翦病老と謝し、新鄭に帰る。
 翻訳:王翦は病気を言い訳にして、新鄭に帰った――『史記』秦始皇本紀
④原文:大夫七十而致事、若不得謝則必賜之几杖。
 訓読:大夫七十にして致事す、若し謝するを得ざれば則ち必ず之に几杖を賜ふ。
 翻訳:大夫は七十歳で定年だが、もし辞職できない場合は彼に杖を授ける――『礼記』曲礼
⑤原文:春秋有代謝。
 訓読:春秋代謝有り。
 翻訳:春と秋は交互に去っていく――『淮南子』兵略訓

①はわびを言う(あやまる)の意味、②は礼を述べる意味、③は言い訳をしてことわる意味、④は官職を辞する意味、⑤はその場から立ち去る意味である。これを古典漢語ではziăg(推定音、呉音でジャ、漢音でシャ)という。これを代替する視覚記号が謝である。
①は謝罪、②は感謝、③は謝絶、⑤は謝世(世を去る)などの熟語を構成するが、これらは一見ばらばらな意味に見える。しかしすべての意味が一つのコアイメージから実現される。謝の根源のイメージは射に由来する。ぴんと張った弦を一瞬に緩めて放つことが射であり、「緊張した状態を緩める」というイメージがある(761「射」を見よ)。射は舍(緊張した体を休ませる)、卸シャ(馬から鞍や荷を解いて下ろす)、捨(握っている手を緩めて物をすてる)、赦(罪を許して放つ)などと同源である。すべて「緊張した状態を緩める」というコアイメージがある。謝のコアイメージもまさにこれである。
謝は「射(音・イメージ記号)+言(限定符号)」と解析する。射は「緊張した状態を緩める」というイメージがある。したがって謝は重い負担で心が張り詰めていた状態を、相手に言葉を述べることによって緩めることを暗示させる。この意匠によって、相手に対する心の負い目を解き放つ(わびを言う)の意味をもつziăgを表記する。
心に感じていた緊張を解放することから、意味が展開する。まず①が成立する。次に、相手から受けた恩恵なども心に負担を感じるから、その負担を軽くするという意味に転じる。これが礼を述べるという意味(②)。また、やりたくないことが心の負担になり、言い訳をして負担を軽くすることもある。これが言い訳をしてことわるという意味(③)。仕事も心の負担になることがある。官職をやめることによって緊張を解放させることができる。これが官職を辞するの意味(④)。仕事などを辞めると持ち場を離れることになる。ある場所から立ち去るという意味が生まれる(⑤)。以上の通り、意味はばらばらではなく、論理的に展開することが分かる。