「弱」

白川静『常用字解』
「会意。Aを並べた形。Aは飾りをつけた儀礼用の弓で、実戦用の弓に比べて弓力が弱い。Aを二つ並べて、“弓がよわい、よわい”の意味となる」
A=[弓+彡](縦に書く)

[考察]
実戦用でない飾り物の弓から「弓がよわい」という意味を導く。「弓がよわい」という意味がありうるだろうか。これが疑問。字形から意味を引き出すとこうなるだろうが、意味はただ「よわい」であって、弓とは何の関係もない。
「字形→意味」の方向に漢字を見るのは逆立ちした見方である。意味は字形にあるのではなく、言葉にあるからである。漢字は「意味→字形」の方向に見るのが正しい筋道である。だからまず意味を求めるのが先決である。字形から意味を求めるのではなく、言葉の使われる文脈に求めるべきである。弱は古典に次の用例がある。
 原文:弱之勝強、柔之勝剛、天下莫不知。
 訓読:弱の強に勝ち、柔の剛に勝つは、天下知らざるものは莫し。
 翻訳:弱さが強さに勝ち、柔らかさが固さに勝つことは、世界中で知らない者はない――『老子』第七十八章
弱は強の対語で、「よわい」の意味である。古典漢語ではこれをniɔk(呉音でニャク、漢音でジャク)という。これを代替する視覚記号として弱が考案された。
古人は「弱は衄ジク(柔らかい)なり」と語源を捉えている。niɔkという語はこのほかに柔・肉・膿・脳・尿などとも同源で、これらは「柔らかい」というコアイメージをもつ。弱は「柔らかい」というコアイメージから生まれた語で、「固い」というコアイメージから生まれた強とちょうど反対である。
𢐅(篆文の字体)は「弜+彡二つ」に分析できる。弜はぴんと張った弓を二つ並べた形。この字はキョウと読み、固くて強い意味があり、強と同源である。彡は飾りや模様を示す限定符号である。弱は実戦に役立たない柔らかい弓を暗示させる。これは図形的意匠であって意味ではない。意味は上記の古典に使われた意味「よわい」「よわさ」である。