「寂」

白川静『常用字解』
「形声。もとの字は[宀+尗]に作り、音符は尗。尗は戚まさかりの刃部と刃の光が下方に放射している形。叔はその戚を手(又)に持つ形。宀は廟の屋根の形。戚の頭部を廟の中に安置して祖先の霊を鎮めることを示す字であろうが、人気のない廟の中に、戚の刃の光が白く光っている様子は、静かでものさびしい。それで“しずか、さびしい” の意味となる」

[考察]
白川漢字学説には形声の説明原理がなく会意的に説く特徴がある。尗(まさかりの刃の光が放射する)+宀(廟)→まさかりの頭部を廟の中に安置する→廟の中がまさかりの光だけ白い→静かでものさびしいという意味を導く。
字形から意味を読み取るのが白川漢字学説の方法である。しかし「まさかり」と「廟」から「静かでものさびしい」という意味を読み取るのは非常に無理がある。だいたいまさかりの頭部を廟に安置して祖先の霊を鎮めるとはどういうことか。なぜ人気のない廟なのか。まさかりの刃が白く光っている様子がなぜものさびしいのか。意味の導き方に必然性・合理性がない。
言葉という視座が欠けているから、字形から意味を求めるほかはないが、字形の解釈が恣意的である。言葉という視点を導入しないと無理な解釈に陥ってしまう。意味とは「言葉の意味」であって、言葉の使われる文脈に求めるべきである。寂は次のような文脈で使われている。
 原文:有物混成、先天地生、寂兮寥兮。
 訓読:物有り混成し、天地に先だちて生ず、寂セキたり寥リョウたり。
 翻訳:混沌とした物が、天地より前に発生した。ひっそりとしていた、うつろだった――『老子』第二十五章

寂は物音がなく静かであるという意味に使われている。これを古典漢語ではdzök(呉音でジャク、漢音でセキ)という。これを代替する視覚記号として寂が考案された。
寂は「叔(音・イメージ記号)+宀(限定符号)」と解析する(篆文は「尗+宀」の字体)。叔は「尗シュク(音・イメージ記号)+又(限定符号)」と分析する。尗は蔓を出したマメを描いた図形で、「小さい」というイメージを表す記号になる。叔も「小さい」というイメージがある(830「叔」を見よ)。宀は廟ではなく、家・建物に関わる限定符号である。限定符号は図形的意匠を作るための場面を設定する働きがある。したがって寂は家の中で物音が小さくひっそりした場面を設定した図形である。この図形的意匠によって、上記のdzökの表記とした。