「朱」

白川静『常用字解』
「象形。木の幹の部分に肥点(●)を加えている形。木の株の部分をいう字であると解釈できるが、字をその意味に用いた例はない。朱は色の“あか” の意味に用いる」

[考察]
上の文の後段で「朱は朱砂(水銀の硫化物)を固めて薫蒸し、水銀を分離する方法を示す字である。朱色は水銀からとられたのであろう」とある。朱砂から水銀を分離するというのは朱の字形の解釈なのか、意味の解釈なのかはっきりしない。朱は水銀の色に由来するというが、水銀は銀色に近い。朱砂(硫化水銀)のほうが朱色である。しかし朱は朱砂から来たのではなく、朱砂こそ朱によって名づけられたというのが正しい。では朱とは何か。
朱は古典で次の用例がある。
 原文:我朱孔陽 爲公子裳
 訓読:我が朱は孔(はなは)だ陽なり 公子の裳を為(つく)らん
 翻訳:私の染めた朱色はとても明るい 公子様のはかまを作りましょう――『詩経』豳風・七月

朱はあか系統の色の名で、深い赤色である。これを古典漢語ではtiug(呉音でス、漢音でシュ)といい、これを代替する視覚記号として朱が考案された。
『説文解字』では「赤心木、松柏の属」とあり、赤心木という木の名とする。近代の文字学者(郭沫若など)は朱を株の原字とした。これが正しい。字源は木の中ほどに━の符号をつけて、木を切断する情景を暗示させる図形である。木を切った後に残るのが「かぶ(株)」である。ただし株という実体に重点を置くのではなく、株の切り口の色のイメージに重点が置かれる。すべての樹木の芯が赤色を呈するわけではなかろうが、ある種の木の芯にあか系統の色があるのであろう(『説文解字』の赤心木はこれであろう)。
tiugという言葉には「途中で断ち切る」というコアイメージがある。だから木の切り口の色の名を朱としたのである。株には明白に「途中で断ち切る」というイメージがある。誅殺の誅は「斬り殺す」の意味である。また殊・珠にもこのコアイメージがある(787「殊」、788「珠」を見よ)。