「取」

白川静『常用字解』
「会意。又は手の形。戦場で討ちとった者の左の耳を、討ちとった証拠として手で切り取ることを取という。敵の耳を切り取るの意味から、すべての物について“とる、うばう” の意味となる」

[考察]
戦場で敵を殺して耳を切り取り戦功の証拠としたというのは事実のようだが、耳を切り取ることは聝カク(=馘)といい、「取」とはいわない。取の用例を見てみよう。
①原文:取彼狐狸 爲公子裘
 訓読:彼の狐狸を取り 公子の裘を為(つく)る
 翻訳:キツネとヤマネコを狩り取って 公子の皮衣を作ります――『詩経』豳風・七月
②原文:鴟鴞鴟鴞 既取我子
 訓読:鴟鴞シキョウよ鴟鴞よ 既に我が子を取る
 翻訳:フクロウよ フクロウよ お前は私の子を取った――『詩経』豳風・鴟鴞
③原文:倬彼甫田 歲取十千
 訓読:倬たる彼の甫田 歳に十千を取る
 翻訳:とても大きく広い畑は 毎年の取り入れ一万石――『詩経』小雅・甫田

①は物をつかんで手にとる(捕まえる)の意味、②は奪いとる意味、③は取って自分のものにする(取り込む)の意味に使われている。ほかに、取り上げる(選びとる)の意味、嫁をとる(めとる)の意味にも展開する。これを古典漢語ではts'iŭg(呉音でス、漢音でシュ)という。これを代替する視覚記号として取が考案された。
手で物をつかむ際には指を内側に折り曲げる。この形状から「内側に引き締める」「縮める」というイメージが捉えられる。ts'iŭgはこのコアイメージをもつ言葉で、束・族などと同源の語である。同じような手の機能からthiog(手)も生まれているが、言葉が違い、コアイメージが違う。
取は「耳+又(手の動作を示す限定符号)」と分析するが、耳は何か。敵の耳を切り取るという意味ではなく、単につかみ取ることを表そうとした図形である。耳をつかむとはどういうことか。耳は獲物の耳である。取は動物などの獲物の耳をつかみ取る情景を想定した図形と解釈できる。加藤常賢が「獣を捕獲する場合には、必ずその耳を執って始めて噬齧の患がない。今でも獣を捕える場合には耳を捕える。そこからこの取字ができた」(『漢字の起源』)というのが当たっている。